ニュータイプエース Vol.1 コードネーム『Gレコ』に迫る

微妙に改行やら誤字脱字、句読点を直してあります。

――監督が構想中の新作のコード名は「Gレコ」というんですよね? それには、宇宙エレベータが舞台になっていると聞きましたが?
富野:いや、メインの舞台に考えているけど、それだけの話ではないんですよ。でも、ガンダム系の企画を考えるのがぼくの宿命になっていると思い込みがあるので……(笑)。ずっと考えていたことがあるんです。つまり、「∀ガンダム」以後、何をどう考えてもパッとしない。それで苦し紛れに、宇宙エレベータのことを調べてみたら、物事の根本的な問題を考えなければならなくなった。たとえば、
「宇宙移民は液体ロケットであり得るのか?」
「なぜ、宇宙移民をするのか?」
といったような問題です。
30年以上前のアニメの設定なら“人口が増えすぎたから宇宙に移民した”で済んだ。けど、基本的なことを考えると、人が遠くに行くことができるようになるには、行く先に“行く意味”がなければ絶対に行きません。帆船を大型化したり、蒸気船になりそれが鉄の船になっていったのは、戦争をするためではなくて、確実な交通手段にしようとした結果なんです。交通手段は、一度行ったきりで終わらせるわけにはいかないでしょ? そして、大航海時代には、ヨーロッパ人は香辛料や陶磁器、絹をもとめてインドや中国とのあいだを往復した。新大陸が発見されれば、そこで綿花やコーヒーの大規模プラントができるとわかり、金鉱があったりすれば、それらを産業化するために、奴隷船も行き来するようになった。
――人口増加という理由だけで、新しい場所に行くというものではないんですね?
富野:フクシマ原発事故のために、住みにくくなった地球から脱出するという理由は、以前よりは言いやすくなったでしょう。放射線被害は百年単位で対応しなければならない問題ですからね。これについては、ガンダムA(11年)9月号で吉岡先生と対談をしています。あれで、放射線の問題と技術の問題はかなり説明していますから、環境悪化が移民のための原因にはなり得ましょう。しかし、放射線汚染だけでは宇宙進出としてのモチーフとしては弱いし、大体、宇宙のほうが放射線の問題は深刻です。だから、ファーストガンダムのときでも、ルナツーを設定したのは、月の近くに貴重な鉱物資源がある小惑星を曳航できたから宇宙に進出できた、というように、“行く先に意味”があるようにしています。
けど、宇宙旅行に憧れていたぼくやぼくの世代は、宇宙に行くのにはロケットしかないという考え方に偏っていた。液体ロケットでは大量に人と物資を運ぶ手段にはならないとわかっていても、ロケット以外で宇宙に行くのは良くない、って。
――それでも、今回は、宇宙エレベータという発想を認めることにしたんですね?
富野:アーサー・C・クラークが『楽園の泉』で宇宙エレベータのアイデアを書いたのは、ファーストの制作を始めた頃で、それまで、クラークの作品は好きだったんだけど、そのアイデアを聞いた途端に、ぼくはクラークの作品が読めなくなった。ロケットで宇宙に行くことを夢見ていたぼくには、エレベータなんかで宇宙に上がられてたまるかと思っていたからで、それで40年過ぎちゃったわけです。
それが去年、日本宇宙エレベータ協会のメンバーと知り合ったのをきっかけにして、ぼくの考え方をひっくり返すことにしたわけです。ぼくよりずっと若い人が可能性を夢見ているアイデアなら、それを認める必要があるだろうと考えたわけです。それが、行く先の意味をより深く考えることになって、交通機関の意味もわかるようになった。
でもね、ファーストでも核融合エンジンを設定していたんで、救いはあるんですよ。そうはいっても、核融合炉にもリスクがあるんで、リニアモーター方式の宇宙エレベータで、500人単位で輸送できる交通機関が成立すれば、移民ができる規模になると了解したわけです。
――このイメージボードからは、密林のなかに宇宙エレベータの基地があるように見えますが、場所はどのあたりを考えているんでしょうか?
富野:アマゾンの奥地です。これは、『ガンダム00』で三基の宇宙エレベータを設定したものの延長にあります。歴史的にガンダム・ワールドを踏襲することで、宇宙エレベータ規模のものが、ひとつの物語世界だけで建設できるものではない、としたかったのです。技術というのは、ある日、突然できあがるものではなく、改良されていく歴史があるからです。
それで、2010年の夏ごろから、宇宙エレベータの基地とメカがあって、物語の芯になるキャラクターの相関関係というものを作ってストーリーを組み始めました。それまでは、それだけでノベルスやアニメができると思い込んでいたから、作業としてはまちがっていない。でも、書いてみたらどうにも気に入らない。ガンダム・ワールドを引き継いでいるから、そのアイデア自体が陳腐なものになってしまったのだろう、とも考えました。
それで、シナリオライターの意見を聞いたりしたら、基本アイデアと全体構成は良いんだけど日常感覚が不足している、というような指摘を受けた。その意見はぼくも納得できるから、本当に困った。それで、結局、ぼくが物語りの景色がわかっていないのではないかと考えて、この絵(イメージボードA)を作ってみることにしたんです。
未来の地球上に最後の密林地帯が残っていたにしても、そこに大空港とか宇宙エレベータの基地などがどのようにあるのかという景色(画面になるもっとも基本的なものですね)を具体化したわけです。今はこの絵があるから、想像がつくようなったんだけど、この設定がないままにストーリーを組むと、若い連中に指摘されるような欠点をかかえた作品になると思い知ったわけです。
これで確認できたことは、SFやアニメの舞台って、先例があるとそれに似たような背景や世界観から物語を創っていた、とか、自然と人工物が密着している光景を描いたのは、極端に言えば『アバター』が初めてかもしれないとまで気付いた(とはいえ、あれは60年代までのSFの原風景のコピーなんですけどね)。それまでのSF的なイメージ画って、“太古の惑星にロケットが着陸した”といった絵があっても、そこにあるのは中世以前の都市だったり、そうでなければサイバー化しているといったものでしょう? あとは廃墟か建設途中のビル街……。
――SFとして想像するのはサイバー都市ですね。
富野:アマゾン・レベルの密林と宇宙エレベータの基地とそれに関連する歳と大空港と河との関係がこういう普通っぽい景色、というのは、あるようでなかったと思う。この経験はショックで、今までやってきた仕事というのは、“自分が見知っていた経験をアレンジしていただけ”と実感できた。ファーストなどは、ぼくの中学時代の宇宙旅行のイメージだけだったのではないか、と反省できたりしてね。
――こちらの絵は、都市の中ですか?
富野:ええ、次に作ったのがこれです(イメージボードB)。出来上がったものを見ると当たり前の風景に見えるけど、Aを描くのにも一ヶ月はかかっているし、これを描くのにもAから半月はかかっています。生活空間の都市の中にマシンがあって、自然も共存している風景。背景の空には、ケーブルが12本あります。この絵を描いたら、次のものは手間取らずに描けました(イメージボードC〜F)。ほかにも描いているんだけど、ここまで来るのに、宇宙エレベータの地上基地の問題も同時に考えていったんで、全体的には半年ぐらいかかっています。資料写真を探すのも、結構面倒だったしね。
日本宇宙エレベーター協会のメンバーが発想するのは、ケーブル1本で成立するものだったんだけど、実用化されるものはケーブル12本の規模になるだろうと思いつけたので、ストーリーを書き始めたんだよね。ファーストの頃の感覚で言えば、宇宙戦艦とモビルスーツがあれば全体構成はできたんだから、12本のケーブルがある宇宙エレベータなら問題はないだろうと、全体構想の1/3ぐらいのストーリーを書いたわけです。一応、ぼく、経験者でしょ? ところが、それではダメだと言われたわけです。本当に考え込みましたよ。
それで、宇宙エレベータを定時運転するシステムというのは、世界中の鉄道や国際航空会社が集まったような規模になるだろうと気付いて、それを実現できるものを設定するしかないと考えた。ここに来るのに、本当に時間がかかったわけです。それで、こういう面倒臭い規模を設定したのも、リアルに目標とすべきカタチを提示すべきだとも考えたからです。専門家の方にもこのイメージを提案させてもらって、意見を聞いたりもしました。
――では、この宇宙エレベータの構造について教えてください。
富野:誤解しないでほしいのは、宇宙エレベータのケーブルというのは、地球上から立ち上げているのではなくて、上からぶら下げて建設するということで、地面には固定しません。とは言っても、ゴンドラを昇降させる時に、ケーブルがぶらぶらしていたら困るから、ケーブルの先端を引き止める設定は必要(イメージボードG)。ケーブルを地面に固定すると地球との関係性が発生してしまうから、ケーブルを引き留めておく建造物はエアクッションで浮くこともできるし、移動もできる、とした。現在、耐震住宅にも使われている技術ですね。これも『ガンダム00』で描かれた宇宙エレベータの塔が、あまりにも頑丈な建造物だったことで、問題点がはっきりしたという側面もあります。地球上で造る高層建築物は、どんなに気候が安定していても、工学的には4000mの高さが限度だという意見も採り入れました。宇宙エレベータ全体の長さは『Gレコ』でも地球の直径の10倍ほどとしているので、ケーブルの先端を地球に固定するということはできないんですよ。
――それでケーブルは先程の安全面のことも考えて、複数本あるわけなんですね?
富野:ケーブルは3本1セットが4セット。12本のケーブルで、1基のゴンドラが昇降します。最初は3本のケーブルを伝ってゴンドラが上昇して、1万mほどの高度までに6本か8本のケーブルに掴まって、時速約500kmで上昇します。残りのケーブルはすべてスペアで、交換する必要があるケーブルは、ゴンドラが運転していても交換できるようにした。低軌道衛星の350km前後には、かなりのスペースデブリ、ゴミがあるんで、ケーブルあ2、3本切れても大丈夫なように数を考えました。
地球の基地はこのように分離します(イメージボードH)。ケーブルをレールだと考えると新幹線やリニアのレールのように固定されたものを想像してしまうけど、宇宙エレベータのケーブルは、空気の揺れにも影響されるあkら、それに追従できるように基地も移動する。
それで、動くケーブルを掴むためにゴンドラからは伸縮し、左右、上下に動くアームがある。こんなUFOみたいなデザインは大嫌いなんだけど、アームとケーブルの整合性を考えたらこの形しかなかった。
――けれど、こういう形ではないと無理なんですよね?
富野:でも、ぼくよりもっと若い人はいいアイデアがあると思いたいですね。そういうものがあれば変更します。もっと面倒なのは、この12本のケーブルのセットが2組あて宇宙エレベータの1セットだということです。つまり、複線になっています。それも安全率を考えるだけでない重要な意味があります。
――作中では、宇宙エレベータの技術論は語られるんですか?
富野:宇宙エレベータのシステムを考えるときに、この程度のことは考えてくれという、研究者や技術者に対しての嫌がらせです(笑)。ぼくは技術者じゃないから、宇宙エレベータのことを説明するような作品を創る気はありません。いくら背景設定を作り込んでも、肝心の物語が面白くなければ、誰も読んでくれないし、アニメにしても観てくれません。
で、こういう話をスタッフになりそうな人にしてみたら、「だったら、やっぱりシャアは要りますよね」と言い出す奴がいるわけで、「お前、ぶっ殺すぞ!」って(笑)。だからというわけではないけど、シャアみたいなキャラを出すか出さないか悩むところまで、今ようやく手が進みだしたところです。回り道のようだけど、そういう悩みも、世界の足場が見えてこないと出てこないものなんですよ。できることなら、来年年明けくらいにはノベルスをスタートさせたいけど、どうなのかなぁ(苦笑)。
先程原発の問題が出ましたが、この物語ではエネルギー問題をどう考えているんでしょうか?
富野:単純に太陽光発電をメインにしています。宇宙エレベータのケーブルを一定の高度に安定的に維持させるためには、推力も必要になってきますから、かなり効率のいい太陽光発電のシステムが出来上がっていると考えています。でも、電力が賄えるだけでは済まない。推進剤になるものは永遠に必要だから、地球からの資源もルナツーのような資源のある小惑星も必要です。そして『Gレコ』というファンタジーでは、太陽光発電以上のエネルギーも設定しています。ですが、これはまだ秘密です(笑)。秘密なんだけど、みなさんが知っているものです。太陽光発電と言った瞬間に、ヒントは開示されています。
問題なのは、エネルギーの生成よりも、バッテリーの問題ですね。つまり、蓄電。エネルギーをどう蓄えるかという問題は、今までの技術でも抜け落ちていた部分で、そういうものを意識させるためにも、バッテリー論を拡大解釈した設定も持ち込もうとしています。
――なるほど。
富野:ガンダムA(11年)8月号では、水素自動車を研究している山根公高先生を紹介しました。3.11以後、水素エネルギーを正しく理解して、使う方法を考えなければいけないということがわかる対談になっています。
これまでは原発があったおかげで、「そんなに無理に電気を溜める必要はないだろう。水素ガスを使う必要はないだろう」と考えられていて、水素の研究者はかなり蔑ろにされてきました。でも、今回の原発の問題を受けて、水素エネルギーの利用が論調として出てくると思っています。楽しい物語にしながらも、そういうところにも目を向ける要素を入れていきます。それが3.11以後のファンタジー、特にガンダム系のエセSFみたいなものに一番必要なものだと思っていますから。
――エネルギー論としては、結構難しいお話が入りそうですね。
富野:いや! ただのファンタジーだって(笑)! 本当は、それに「夢とロマンの」という事場を付け加えていいくらいのものにした。まず若い人たちに好きになってもらう物語があれば、意識に引っ掛かるでしょ? 読者やアニメのファンが若ければ若いほど、一生の記憶になる。そのようなものにしておけば、ファンの中から本物の技術者や科学者が育って、夢を実現してくれる。それを信じているんですよ。ぼくには、技術論や学術論を書けるセンスも知識もない。ないけれど、ファンタジーでもリアルとの回線は繋いでおきたいんです。そういった作品を創ってみたいんです。

キャプション等メモ

「」内は画像から読み取れた文字。それ以外は意訳だったり私の主観メモです。

  • 独占連載。
  • キャピタルGはGレコの初期案として書かれた未完小説。
  • 富野はロボットアニメ界の神的な存在。
  • イメージボード…「CPのデッキから密林と河を望む 背景が俯瞰すぎて、かつ、街が遠すぎるが…。 2011/6/5」マンマシーンらしきものもある。
  • イメージボード…「政府官邸は別途にあるだろう 2011年6月15日 by Tomino」
  • イメージボード…左上「CP地上部 運用局サイド 初期稿よりスケールは四倍増 2011年6月3日 改定 マンマシーンがクラウンに乗り込む方法は一考」右下「F・CP地上部 運用局サイドの項」
  • イメージボード「パチンコを持つノレド 2011/6/4」少女? のイラスト。
  • イメージボードA 宇宙エレベータ基地周辺の全景…参考写真の取り込み。誌面には「アマゾンから伸びる地球に残った最後の宇宙エレベータ」とある。
  • イメージボードB 都市中心部の風景…「キャピタル・シティの交差点 2011年6月11日 by Tomino」参考写真の取り込みに人物画とシルエットマシン的なメカ。
  • イメージボードC…「中流の家並み」
  • イメージボードD…「クンタラの漁村から見た風景 2011年6月7日 by Tomino」
  • イメージボードE…「牛のいるクンタラの村 2011年6月14日 by Tomino」
  • イメージボードF…「空路の下にあるクンタラの漁村 2011年6月10日 by Tomino」
  • イメージボードG…「2011年5月16日 by Otomi」
  • イメージボードH 分離する地上基地…左上「CP・T スコード教々会サイド(背後の二基は運用局サイド)」右下「F・CP・教会サイドと二の項 2011年6月3日 by Tomino」
  • 次号10/8発売。
  • 現在著作権表記はなし。キャピタルGにあった企画協力表記もなし。

以上、文字をダラダラ書きましたが、絵を見ないとまるで分からないので、購入必須。アンケートも送りましょう。ただGレコ連載とキャピタルGが別カウントになっているので注意。