ガンダムA 10年8月号 創刊9周年記念対談 富野由悠季×本広克行

映像が身近にある世代とは感覚が明らかに違う

――お二人が初めてお会いになったのはいつ頃ですか?
本広 99年に「富野由悠季全仕事」という単行本の対談で初めてお会いしたんですよ。たしか新宿の喫茶店です。前の日から緊張して、ずっと胃が痛かった(笑)。
富野 僕にしてみれば、ヒット映画の監督さんがガンダムファンだっていう最初の事例が本広監督で、そういう人と会わなきゃいけないというのがものすごくイヤだったんです。
本広 どうしてですか?
富野 だって、僕はずっと映画を撮りたかったのに、いまだ撮れないでいる。それなのにガンダム世代が映画を撮って、ヒットさせている。徹底的な敗北感を味わったんですよ。
本広 監督がそんなことを思ってたなんて、びっくりです。対談自体は、監督が一方的にしゃべって、僕はただ感心して相槌を打ってるだけ(笑)。記事を読んだ樋口真嗣監督に「本広さん、やられたね」って大笑いされて、それで彼と仲よくなったということもあります。
富野 本広監督以後、樋口監督や、ほかの映画畑の人と会う機会も増えたけど、僕には惨敗感しかないから、気持ちいいことは何一つないんですよ。その上、お話して思うのは、本広監督世代との映画に対する馴染み方の違い。僕は映画を撮ることに、ものすごく強い憧れがあるので、本広監督のように身近に映像が当たり前にあった世代の感覚とは、明らかに違うということですね。わかりやすい例を挙げると、僕はシネコンで映画を観られないんですよ。
本広 どうして? 音もいいし、イスも快適ですよ。ポップコーンもうまいし(笑)。
富野 入れ替え制と、スクリーン側から客席に入っていくというあの構造が許せない。その構造って、映画館というよりディズニーランドのシステムだよね。何より腹が立つのは、映画って本来途中から観たっていいものでしょ? 途中から入って観てたら、意外とよくて、じゃあ頭から観ようかっていうのも映画の楽しみ方の一つなのに、それを許さない入れ替え制はホント許せないのよね。
本広 でもシネコンのおかげで若い女性はすごく映画に行きやすくなりましたよね。シネコン普及以前は、女性はあまり映画館に行かなかったじゃないですか。
富野 もちろん、シネコンが日本人の映画離れを食い止めたという評価もできるけど、現在は食い止めてるという方向に行ってないんじゃないのかという匂いもするんだよね。シネコンで映画を観ることに慣れちゃうと、今や50インチ以上のテレビが家庭に入り始めているわけで、そのうち映画はこれで観ればいいというふうになっていくでしょう。映画のDVD化もどんどん早くなっていってるしね。もう少し経ったら、シネコンに客を呼ぶのは無理かもしれないとも感じるなァ。

小津作品で表現される人間は技術論では生まれない

本広 10年前に監督に、でかいヒットを飛ばすと正気を保つのに苦しむよ、と言われたんですが、当時はその感覚が全然わからなかったんですね。10年経って、今何となくわかるようになってきました。バランスをとれなくなるんですよね。
富野 その程度にしかわからないのは、若いよね。僕が言いたかったのは、崇め奉られると堕落するということ。黒澤明なんか巨匠になった時点でろくな映画を撮ってない。でも、カラー作品になってからの黒澤映画は駄目だというきちんとした評論は一切なされてないでしょ。なぜ世間はそういうふうに甘くなるかというと、シビアに評論しても、自分たちの仕事なんてもっとひどいわけだから、自分がやってられなくなる。だから、そこそこの作品をみんなで一生懸命ほめる。そういう寄り合い所帯が業界全体を危うくする。それはアニメ界も同じでしょう。
本広 ビッグヒットを生んだ人はそういう運命を背負わざるを得ない。富野監督はアニメ界で最初にそれを味わった人なのかもしれないですね。僕らはそれを見て育っているので、前例があるというのは楽なんです。みんな苦しんでますよね。そうならなかったのは、小津安二郎監督くらい。小津監督は作りたいものが明確にあって、商売ということに対しての感覚が、黒澤監督とは違ってましたからね。
富野 小津監督みたいな生き方をしないとああはできないですね。つまり、子供がいたらあれはできないのよ。
本広 それ、すごくよくわかります。
富野 あの禁欲主義は、誰にでもできるというものではないんです。でも、あの姿勢がなければ、生身の役者を使って、映像的にはエロスを感じさせながらそこには絶対踏み込まない私――なんて作品は絶対に撮れない。ストイックになるということは、主義主張がかなり異常なところにいくんですよ。つまり、小津映画っ異常なんだよね。映画作品として観るから穏当に見えるけど、「東京物語」の構造は異常ですよ。中学生が観たら面白くも何ともない映画だけど、50歳以上の人が観たらものすごい名作だっていう、この構造は本来エンタメではないでしょ?
本広 日常のちょっとしたことを百にも感じ取るっていうことですよね。
富野 そういう要素をものすごくピュアに抽出している作品で、その手業というのは理屈で理解して表現できるものではない。本性的にストイックにならざるをえなかった自分を見つめていくという小津の目線があって初めてできることなのね。で、僕は、コミックやアニメ好きの人でも30歳過ぎたら、「東京物語」で表現されているような人の現れ方に関心を持ってほしいし、クリエイターならなおさらで、そういうところに関心がいかないと漫画家も演出家も、ひょっとしたらアニメーターさえも大成はしないだろうと思う。今のようにCGワークが日常的になってくると、技術論だけで作品を構築していくことができるように思えるけど、そんな簡単なものではないんです。

映画に構えすぎると、監督はつぶされてしまう

――技術論といえば、「アバター」という作品で、3Dという新たな映像技術の可能性が提示されましたよね。
富野 僕は、「リング・オブ・ガンダム」をやったおかげでわかったことがあって、キャメロンという監督はものすごく勘がいいなと思った。彼は3DCGの限界をよくわかってるのね。どういうことかというと、3DCGのキャラクターにうかつに生身の人間を使っちゃったら、収拾がつかなくなるんですよ。それをちょっとモンスターチックな異星人のキャラクターにするととで、うまく逃げている。もし「アバター」の主人公があのキャラじゃなくて生身の人間だったら、観る人は引いちゃうんですよ。僕は「リング〜」でリアルに近いキャラクターを3DCGで作るにはどうすればいいかという試行錯誤をさせてもらったんだけど、CGデザイナーが持ってくるのはいわゆる「ファイナルファンタジー」的なもので、リアルはリアルだけど、わざわざ電気信号で描くキャラクターじゃないだろうというものばかり。僕はどうにかしてそこから脱したかったんだけど、その方法論を持った人がいなかったのは、ちょっとショックだった。キャラクターとしては、絵で描いた人物にすら至っていないんです。そのことを考えても、やっぱり技術ではないんだなと思う。「東京物語」の持つ力というのは、純粋に物語の力であり、生身のキャラクター造形の問題なんですね。それ以上のものは一切必要ない。技術なんてのは、そのときの最高のものをただ持ってくればいいだけで、スキルを持ったスタッフは世の中にはたくさんいるんだから、技術論なんかにとらわれずに、物語や人の造形をきちんと作るということに没頭しなきゃいけない。本広監督の作品にしても、表現の構造が時代に合っていたから、ああいうふうにヒットはしたけど、僕にとってはその辺りがちょっと食い足りないんだよね。
本広 お話を聞くといつも思うんですが、富野監督はやっぱり作家ですよね。客関係なしに、オレが作りたいものを観ろってタイプなんです。対して、僕は観客が絶対なんですよ。客を笑わせて、泣かせてというサービス精神が一番にある。同じ監督でも、僕には富野監督のようなクリエイティブ能力はない。アレンジャーなんですよね。だから、僕は富野監督が本当にうらやましいです。しかも、ガンダムでエンターテインメントにおける一つのシステムを作り上げている。作品をシステムにするということを最初にやった日本人クリエイターが富野監督で、だからスゴいんですよ。
富野 それはそうなのかもしれないけど、僕は本広監督が言うほどの作家ではないし、何より僕は演出家になりたかった。そして、演出家っていうのはね、客にウケてなんぼなんだよね。その能力が僕には足りないんです。
本広 監督は実写を撮りたいんですか?
富野 今はそれほどでもないです。自分に実写を撮るに足る作家性はないと自覚してるし、撮りたいという衝動にかられる脚本もない。何より、僕は映画というのは構えて撮るものだと思ってるから、そう簡単には撮れないんだよね。
本広 でも、監督って構えるとつぶされますよ。関わってる人の多さと金の大きさを深刻に受け止めすぎるとプレッシャーでおかしくなる。僕も最初は演出していて感動して、よく泣いてました。悔しいときもあるから、しょっちゅう泣くんですよ。でも今は、映画はガンプラを作るのと同じだと思って撮ってます。そう考えるようになってから、すごく楽になりましたね。これはガンプラだ、オレはガンプラ作るのはうまいから大丈夫だって。
富野 それは許せないと思いつつ、多分そうなんでしょうね。撮影現場に行ってグッタリするのは、実写ってすべてブツがあるんだよね。背景というブツ、大道具小道具というブツ、そして人間というブツが全部なくちゃいけない。監督の思惑だけで作れるものなんて一切ない。これは撮れないなって思った。だって僕には作りたいものが自分の中にガンとあるから、それと少しでも外れていたら言っちゃうもん。その役者、外れろって。
本広 「リング〜」のときも言ってましたね。こんな監督見たことないよって、僕は端で見てて楽しくてしょうがなかった(笑)。あれって監督業の理想の姿だと思うんですよ。ただ2時間の作品であれをやったら、確実に壊れますよ。
富野 ホントそう思います。そういう意味では真っ白なところからすべてを作れるアニメが合っていたんでしょうね。

イデオン」では、自分を守るために作品を捨てた

本広 富野監督がスゴいのは、「ガンダム」のあとに「イデオン」を作ったことだと思うんですね。「ガンダム」のスゴいさはわかるけど、そのあとで「イデオン」をぶちかまして、映画のエンディングをああいうふうに持っていった。あれはカッコよすぎる。あれで僕らの世代のクリエイターたちの神様になった。
富野 そう言われますが、当時の自分の立場はどうだったかというと、全く逆なのね。あまりにも風呂敷を広げすぎちゃって、作家としての主義を見つけようとしても、総論にいきすぎちゃってるから、それが見つからない。人類全部を包んじゃうというテーマは、個人が絶対にやっちゃいけない領域に入り込んだということだから、先ほど話に出たプレッシャーでつぶされるという実感を持ったんですよ。このままじゃ壊れる、とわかったときに、僕は自分を守るために作品を捨てたんです。たかがロボットアニメだ、投げちゃおうって。それであのエンディングを作ったんです。
本広 そうだったんですか!?
富野 まともに考えると何もなくなる物語でしょ? そうするカッコよさもあったんだろうけど、どうせだったら壊しちゃったほうが楽だ。作品を壊せば、自分が壊れなくて済むからっていう、仕事とのやりとりをしたのね。ラスト5、6分はそれをものすごく意識してコンテも切ったし、現場もコントロールした。そういえば、あのとき泣いてたなって、今、思い出した。
本広 ええっ!
富野 この話は初めてしたけど、あの感覚は絶対他人には説明できない。だから「イデオン」という作品に僕が持っている気分は、敗北感しかないんです。
本広 そこまで自分を追い詰めるのは、やっぱりスゴいですよ。
富野 追い詰めたんじゃなくて、うかつに人の行き着く先を見たいなんて考えちゃって、本当にそこに行きそうになったときに、初めて、作品というのは実はリアルなものなんだということに気づいた。自分を崩壊させないかぎり、この物語は完結してくれないんだっていうことがわかっちゃった。モノを作るというのは、そのくらい恐ろしいことなんだ、と。これは技術論じゃないでしょ。
本広 そうですね。
富野 僕がガンダムエースの連載漫画を何一つ読めないのは、みんなが自分の手の内でしかやってない、時間つぶしの仕事にしか見えないからなのね。
本広 僕も含めて、今のモノ作りって、サンプリングですからね。いかに面白いサンプルを集めて、カッコいい形にするかというのが、今のクリエイターの主流の考え方だし、業界の考え方でもある。
富野 それはモノ作りとは言わないよね。
本広 だから、監督のように、戦ってモノを作る人に僕らは憧れる。いいなぁ、ああなりたいなぁって思うんですけど、僕にも生活があるし…。
富野 僕にだって生活はあるよ。
本広 監督はもうシステムを作っちゃったから、何をやっても許されるんですよ。でも、実写は生ものなので、形が崩れていくからシステム化できない。そういう意味ではうらやましいです。
富野 あんな大金かけて映画撮らせてもらって、僕のほうがうらやましいですよ。さっきも話したとおり、自分には実写は撮れないという自覚もあるので、無理して撮ろうとは思わないけど、でもこの企画ならっていうのが見つかれば、きっと僕は撮ると思う。
本広 ぜひ撮って、日本の映画界にガツンとぶちかましてください。
富野 それはあなたの仕事でしょう!