宇宙エレベーターの本 実現したら未来はこうなる 富野由悠季インタビュー

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全部で19Pだが文字数は少ない。

大野 「機動戦士ガンダム」生誕35周年を記念したプロジェクト、富野監督の新作『ガンダム Gのレコンギスタ』の制作が始まっています。今回のガンダムには、宇宙エレベーターを守る『キャピタル・ガード』という組織も出てきて、宇宙エレベーターがとても重要な役回りとして登場すると聞いています。すごく楽しみなんですが、動くアニメとなって世の中に出てくるのは、いつごろの予定ですか?
富野 今年(2014年)の秋公開の予定ですが、別の考え方もあるようです。詳細は不明です。
大野 もう少しの我慢というわけですか。アニメの中の宇宙エレベーターはどういう形状をしていて、どんな役回りを持った施設となるのでしょう?
富野 『G-レコ』では、宇宙エレベーターのことを『キャピタル・タワー』という名前で呼んでいます。キャピタル、つまり資本ということです。
どういうことかというと、作品の舞台となるのは、ガンダム宇宙世紀から1000年後の未来の地球。人類は科学技術を無尽蔵に使い、あらゆる資源を消費してしまったため、地球は死滅寸前まで追い込まれてしまった。ごく一部の生き残った人類は、さらに生き延びるために、地球上における重工業を一切再生させないということを決めた。その代わりに、宇宙エレベーター、つまり『キャピタル・タワー』に一縷の望みをかけ、その周辺だけに集中的に重工業を維持することによって、地球再生のための1000年という長い時間をどうにか耐え抜いてきた、というところから物語が始まります。
巨大科学技術というものはあらゆる資本を統合し、さらにマンパワーもみな統合しないと維持ができないという意味で、究極的には不幸なものなんです。ここまで地球を壊しておきながら、『キャピタル・タワー』が人類最後の頼みの綱となる「資本」とみなされ、それに頼らなければ生きていかれなくなった人類というのが基本設定です。
資本主義体制とか金融ビジネスといったものが、リアルなビジネスだと勘違いしている大人に対して、「ものを考えるということが、どういうことなのか」ということを、もう一度考え直させるヒントみたいなものを並べておきたいと思ったことが、『G-レコ』を発想するきっかけとなりました。
大野 その時代の人類の人口は、今より随分減ってしまっているわけですか?
富野 10分の1以下です。
大野 『キャピタル・タワー』、つまり1000年後の宇宙エレベーターは、地球のどこに建っているという設定になっているのですか?
富野 南米のアマゾン上流です。『キャピタル・タワー』の地上側のステーションをそこにしたのは、そのころにまともに緑が残っているのは、この周辺だけだろうと思ったからです。
大野 4月の制作発表の際に公表されたPVの最後の方に、緑の大地がちらっと見えていましたが、あれが南米のアマゾンだったわけですね。
富野 実をいうと『キャピタル・タワー』の地上部分は可動式になっていて、基本的に、川と海の間を移動できる、という設定にしてあります。だって、人類は『キャピタル・タワー』をすでに1000年も使ってきたわけですよ。そんなに長い間、ゴンドラが宇宙と地球の間を行き来してきたのに、その地上の受け皿部分が定点のままで、ずっといられるわけがないじゃないですか。だから、1000年の間には、このくらいの移動は当然あっただろうな、という想定をしてから基地をデザインしてあります。
大野 宇宙エレベーターの地球の受け皿部分は、地上か海上に設置するというアイデアが多いのですが、海ではなく河の上に設定というのはかなり斬新です。『キャピタル・タワー』から宇宙へと伸びるテザーの方も、最初のデザインでは確か12本くらいあったと思うのですが、かなり減ったみたいですね。
富野 テザーも12本から考え始めて、少しずつ減らしていきました。というのも、実際に糸でモデルを作ってみてわかったんですよ。たかがヒモって思うかもしれないけれど、一番大きな問題は、何万キロといった長さにもなったときに、その扱いがどれほど難しくなるかということです。
実際に、糸を12本くらい自分で張って調べてみて、骨身にしみました。ワイヤーには必ずらせん状のねじれが発生してしまうんです。だから、宇宙エレベーターのイラストによくあるような、直線のままの格好でひたすらまっすぐ宇宙に伸びていく、などということは絶対にありえない、ということがわかりました。
大野 PVの一番最後に、球形のゴンドラが重なっているような乗り物がチラッと出てきましたが、あれがいわゆる宇宙エレベーターの乗り物部分に当たるわけですね。
富野 球を連結した形に決めたのは、宇宙への交通機関としての性能を考えたときに、一両だけであるわけがないと思ったからです。ロボットの大きさを大体20メートルぐらいと想定して、この球体の大きさも決めたんですけど、実をいうとこれが大失敗でもあったんです。球っていう形は、中の容積がとても小さいので、かなり狭い宇宙エレベーターになってしまいました。だけどそれについては直す気はなくて、だったら10輌連結、20輌連結すればもっといいじゃないの、ということで連結式になってしまいました。
大野 通常の宇宙エレベーターですと速さは新幹線並みの、大体時速200キロぐらいを想定する場合が多いのですが、『キャピタル・タワー』のゴンドラは、どのくらいのスピードで宇宙に登っていくことになっているのでしょうか?
富野 計算が面倒くさいから、時速500キロにしました。時速500キロだと静止衛星軌道までいくのに3、4日くらいはかかることになりますね。
大野 『キャピタル・タワー』を上下するゴンドラ、つまりいわゆるクライマーは、人間を宇宙へと運ぶ、宇宙船としての役割の乗り物なんですか? それとも『キャピタル・タワー』というその名の通り、資本を稼ぐために必要な物資を宇宙へと運ぶための、いわば物流用貨物列車といったイメージのものですか?
富野 基本は、両方ですね。
大野 というと、観光客たちが乗って宇宙に遊びに行くという乗り物でもあるわけですか?
富野 それも、もちろんやっています。けれども基本は、さっき言ったように『キャピタル・タワー』ですから、産業を維持するために稼動させているシステムとして貨物船みたいなものになるだろうと考えてデザインしてあります。
大野 ところで、我々が通常カウンターウエイトと呼んでいる宇宙エレベーターの一番宇宙寄りの先っぽの部分、高度でいえば10万キロというはるか彼方の場所になるわけですが、そこはどういう場所というふうに設定されましたか。
富野 そこは宗教的な聖域として設定しました。
大野 宗教施設なんですか。どういう展開で使われるのか、興味津々ですね。
富野 今回の『キャピタル・タワー』の設定では、かなりルール違反なことをやってます。静止衛星軌道上まで何もないんじゃなくて、その途中にいろいろと人工衛星級の建築物を置いているんです。そんな重い、余計なものがテザーの周辺にあるというのは、宇宙エレベーターの原理原則を考えたらありえないわけです。けれど、そこはガンダム・ワールドですから、「ミノフスキーフライト」という別の技術論があることにして、それも応用すると浮いていられる、っていうふうに小理屈をつけてあります。
大野 僕らがなぜ今、宇宙エレベーターの建設を目指しているのかというと、これから先、人類の人口はまだどんどん増えていくわけじゃないですか。2050年にもなると100億近くにもなるとされているわけです。これだけの数の人間がみんな幸せになりたいと思って、欲望のまま突き進めば、地球のエネルギーも資源も全部食い尽くしてしまって、地球は本当にひどい状況になってしまうにちがいないわけです。これを乗り越えていくために、どうしようかということが、今の僕らのテーマになっています。
地球がもうすぐいっぱいいっぱいになってしまうのならば、宇宙エレベーターを利用して、人類は宇宙に出ていくしかないんじゃないか、と思っているわけなのですが、その辺はどうでしょうか。
富野 ひょっとしたら、今の子供たちの世代で、地球はもうかなりヤバくなってしまうんじゃないですか。だから、今の10代の子供たちに向かって、50年後の地球をどうするか、その次のための方策を考えてくれよ、っていうお願いができるような物語を作っておきたかったんです。
ガンダム宇宙世紀の1000年後の物語という形に設定したことが、どういうことなのかというと、子や孫の代に、陰々滅々にならずに、自分たちで解を見つけていってほしい。そういう物語を作っておきたいなと思ったんです。しかし、今回『G-レコ』という物語を作るときに、宇宙開発のことも含めて、地球の未来を甘く見るようなユートピア的な見方や考え方については全否定したかったという側面もあります。地球がそろそろ住みづらくなってきたから、さあ、これからは宇宙に進出して火星にでもみんなで住みましょうよ、というような話は、僕は絶対に信じていないんです。
この点は、ガンダムを創った富野だからと誤解をしてもらっては困るというところですね。それは、「ガンダムみたいな二足歩行のロボットが本当にできるんですか」とか、「作ってもいいんですか」って問われたら、それに対しても「作っちゃいけないものなんだよ」って、簡単に答えられるようになりました。
「もし、あなたと同類の機械ができたとしたら、それはあなたの人権が侵害されるかもしれないということなんだよ。人としての性能や、自分としての存在を全否定されることになるかもしれないんだよ」ということをちゃんと伝えたいんです。「人型ロボットなんかを作ることは容認してはいけない」って言い切るところまできました。
宇宙エレベーターについても同じことで、あと100年ぐらいの間なら「宇宙エレベーターができるかもしれませんよ」っていう嘘をついてもいいとは思うけど、リアリズムで考えたときには、これは成立しえないものだと考えています。科学技術がどんなに進もうが、何をしようが1万年後でもありえないだろう、というふうに僕は断定します。月からの資源を持って帰ってくる、そんな有用性があればいいのかもしれないけれども、それほどの投資をするほどの意味や価値が本当にあるのか、ということを問いたいんです。
結局は、我々人類は地球に住むしかなくて、そのことを本気で考えないといけないっていう物語を作りたかったんです。孫ができて、こんな歳にもなると、孫やその子孫らの将来のためにも、本気でそれを考えるようになりました。
大野 あと100年ぐらいの間なら宇宙エレベーターができるという嘘をついてもいい、と言われたのは、宇宙エレベーターのような、人類や地球の未来について微妙な希望を抱かせてくれるような代物は、地球を救う本当の解を見つけるまでの間の、100年ほどの間のつなぎの役としてならば、そんな夢をみてもいいのかもしれない、という意味合いですよね?
富野 まったくそうです。僕は、子供のころ、本当にロケットが好きだったんですよ。だけど、大人になってわかったのは、子供たちを単純に、「単にロケットが好きなんです」っていうような大人にさせちゃだめだってことです。ロケットが単に好きというだけではダメで、それが社会とどのような接点を持てるのか、その意味合いはいったい何なのか、といったことまでちゃんと考えられるような大人になってごしいと思うから、このように言うようになったのです。
そういったことまで考えた上での話なら、人類にとって宇宙エレベーターという解決方法だってあるのかもしれない、ということを信じてみてもいい。これからの100年とか200年の間ならば、宇宙エレベーターありき、ということでもいいんじゃないですか、ということなのです。
宇宙エレベーターにはSFマインドをくすぐる何かがある、ということなんです。とてもチャーミングなんですよ。このチャーミングさをもっと利用すべきだと思います。
大野 このまま進んでいくと1000年後の地球は、かなりしょうもない星になってしまい、お釈迦様が天から降ろした蜘蛛の糸みたいに、『キャピタル・タワー』という、かなり危ういものに自らの命運をすべてかけなきゃならない、そんな情けない存在に、人類は成り下がってしまうかもしれない。だから、そうはならないように、子や孫たちには、本気で地球の将来を考えてくれと言いたい、というのが『G-レコ』に秘められている富野さんの思いなわけなんですね。
富野 おそらく今、アニメとか映画を作っている人たちで、こういったことまで考えている人は、そんなにいないだろうとこの歳になるとわかってきます。今回『G-レコ』をやる上で自覚していることは、嫌なことを突き詰めて考えたくないから、これはエンターテインメントなんだから許してね、ということです。そうでなければアニメなんて創れません。
先ほども言った通りで、はじめから逃げが出てるんですよ。50年後に、我々の子供たちにはぜひ解を見つけてもらいたい。だからお願いしますね、と。
我々。じいちゃん、ばあちゃんはここまでの、こういうことしかできなかった。でもこれもみんな君たちの幸せのためと思ってやってきたことだったんだよ。だけど、本当はそう幸せなことでもなかったかもしれない、そうだったらごめんね、っていうことを言い続けるしかないと決断したわけです。
大野 あと、富野さんにうかがってみたかったことは、「ガンダムなんて作っちゃいけないんだよ。宇宙エレベーターだってできっこないんだよ」って先ほど言われたわけですけど、いくらダメだよって言ったって、作れる科学技術がそこにあれば、人間は絶対に作っちゃうじゃないですか。ガンダムだって、人型巨大ロボットを作れる技術がそこにあれば、きっと作ったちゃうでしょう。人間って好奇心があるから、やれるなら必ずやっちゃうと思いませんか。原爆などだって結局は、作っちゃったわけですし。
富野 まったくそうなんですが、そういう言い方がすでに20世紀的で古いと思います。現に、原爆、原発、さらに宇宙開発とか、今までどれだけの金を人類は使ってきたのか、ということをそろそろリアリズムを持ってちゃんと認識してほしいんです。
そして十分に認識した上で、夢や希望を剥奪しないためにも、あと100年ぐらいの間ならば宇宙エレベーターありきということは言っていいのではないか、と言っているわけです。
30年後、50年後になれば、次のレベルの知見が出てくるはずで、それを信じて待ちましょう、ってことです。人間って、それほど馬鹿じゃないですよ。もう次の世代では、原発みたいな人類がコントロールしきれないような技術はきっと行使しないでしょう。
だから、そんな時代はもう終わったということにちゃんと気がついて、時代に対する我々の認識をもっと自覚的に高めていかなければならないと考えています。
70過ぎても巨大ロボットものしかやっていない富野なんだけれども、ロケット好きな自分がいたおかげで、単なるオタクにならないで済むというプロセスを踏んできたわけです。この場合のオタクにならなかった理由っていうのはすごく簡単なことで、コモンセンスをちゃんと身につけるかつけないかって、それだけの話だったんです。
どこまで僕が常識的な老人になったのか知りませんけど、ここでお話するようなことは自覚するようになりました。間違っていないでしょう?
ですから、僕の作品を観てくれる次の世代に対して、問題点はこれだよ、ということぐらいは示しておきたい。そのように考えて『G-レコ』を創っています。

放送中の現在でも、RCの人口とビクローバーの移動、エレベーターのスペック言及はこの資料のみかな?
巻末にはこれとは別に、協会員の方による宇宙エレベーター登場作品の評価があります。ガンダム関係はターンエーと00。