月刊Piano99年8月号増刊 ピアノでアニメ2

富野由悠季インタビュー

よく映像作品の制作において、“音楽優先か、否か”という問題や、楽曲では“曲先、詞先”みたいなイヤな言い方もありますが、僕はどちらも間違っていると思います。それは同時に行なわれ、同等に扱われるべきもので、それが監督という“立場”だし“勘”だと思うんです。その“勘”を持っていませんと、間違うんですよね……。音楽が従属的に付いている、陳腐な音楽しか付けられなかった作品というのはたくさんあります。逆に音楽家の方が力が強く、それに支配されて作品そのものが、いびつになってしまうこともありますよね。でも、例えば『ウエスト・サイド物語』という映画。この映画は端的に、音楽とダンスとストーリーをイーブンにとらえて、まとめたものだと思います。当然、作品を作る上では音楽が先行します。そこに振付が入ってフィルムを作っていくという作業を映画監督はしたはずです。けれどあの映画は、先行の音楽に、ダンスやストーリーの要素が従属されていないんです。3者がイーブンなんです。映画監督はそういうイーブンにさせる立場にいられ、その力量が要求されるのです。
それで、去年の『ブレンパワード』という作品で初めて菅野さんの音楽でやりました。『ブレンパワード』では音楽が一見、従っているように見えるけれども、実は菅野さんの音楽を頂いて、初めはこちらも慣れておりませんので迷いました。「こんな音楽は使えないよ」というような言い方で……。でも実際に音楽を付けてみると、耳に残るんです。それで耳に付いた時点から、画をイーブンにする努力をします。ですが前回はチームワークの乱れから、音楽がいささか従属的な使い方をされてしまいました。僕の思ったほどイーブンにするところまで、高める事ができなかったことがちょっと悔しかった。でも『ブレンパワード』でご一緒させていただいて、菅野さんの音楽がわかったなんて思いませんが、少なくとも“気分”はわかった。
で、今回の作品に関しては菅野さんにすべて任せました。音響監督とのチームワークもうまくいきましたので、音楽を従属させることなく、むしろ主導的に扱わせてもらってます。『∀ガンダム』は僕の作品にしたいワケですから、菅野さんの作品にされたくはないのですが、最終的にはイーブンにしていく作品作りをしたいとは思っていますよ。
実は昔からこの考えではあるんですが、では、それまでの作品が『∀』のようにできたかと言うと、やはりできていなかったんですね。それは、菅野さんが女性であることも重要なんです。男性は何でもロジカルに物事を進める感性があって……。
今まで、この『∀ガンダム』ほどに、気分としてイーブンになるというスタッフ・ワークはできませんでした。要するに“テレビシリーズもの”とか、“アニメ”の仕事でもやってもいいよ、という作曲家たちがいましたからね。菅野さんほど映像を捕まえてくれてなかったと言えます。だから菅野よう子っていうのは“段違い”です。男性同士の仕事というのは“現世の思い”が出ます。能力も含めてね(笑)。菅野よう子さんってね、現世のね、フフフ、情がないのよ(笑)。フィルムだけを、キャラクターだけを、絵だけを見てるんです。僕の絵コンテはひどいんですが、その絵を見ただけで、なんでわかるんだろうっていうような曲を作ってくれるんですよ。まさに、絵ではやりきれないことを、張りつけてくれている。だから、曲が後から付くから絵に従属しているかといったら、とんでもない話で、完全にこちらの方を引き上げてくれるんです。彼女はビジネスの云々ではなく、2か月1度はひょっこりスタジオにやって来て、「今、こうなっているんだ」とか言って、またどっかいっちゃう(笑)。今やってることが気になってるんでしょう。映画『アマデウス』のモーツァルトにそっくりです(笑)。彼は死ぬまで走っていた。菅野よう子さんにはそれがありますね。才能って、あのようなはずみからでてくるんじゃないでしょうか僕はものが作れないという自覚があります。ものが作れないから作り続けるんです。作り続けていれば作れるようになるだろう、と走ってきた自覚があります。菅野さんのはちょっと違う。あの人は才能がありますので、才能が体を走らせている。そんな人ですね。

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ここでは別の二択について。

菅野よう子インタビュー

アニメの作曲過程を言えば、私の場合、企画の段階でお話がくることが多く、その時点では、まだキャラクターや内容が決まっていないこともあるんですよ。でも、打ち合わせ後には、放映される1年くらい前には第一印象で作った楽曲をお渡ししてしまいます。手直しは監督やスタッフが何回もチェックした後にという感じです。最初の仕事『マクロスプラス』が全く絵のない状態で、それでメインテーマを作ってくれと言われました。でも私がつけた音に合わせて、絵や話を変更したりということもありましたので、“味をしめて”これはいいやと思って……(笑)。作ったもの勝ちとか言って……(笑)最初に絵があるとサイズが決まっていたり、絵に収めようとするので、詰まらないですよね。
富野さんはお年寄り!?(笑)なのに、あのね、本音しか言わないのですごい好きなんですけど、年取ると面倒臭いことや知識で言う方が多いんですけど、あの人は口は良く回るのに、本音しか言わないんですよ。例えば音楽のことでも、ウルサイ人だとベートーベンの何番の誰の指揮とか言うんですが、“腹に来た”とか“こない”とか“わかった”“わからない”という表現をします。でも逆に難しいんですよね、理屈じゃないから。ウソがない人、本音の人ですよね。
∀ガンダム』の印象は、色がきれい。キャラクターの目や性格も含めて、カワイイというか、こんな純情でいいんか! お前ら(笑)みたいな……。それで、何か“お伽話”だなと思っています。現実を語る時に必ずしも現実を見せなくてもいいわけで、お伽話の中にもいろんなことが、込められるじゃないですか。ブタさんがしゃべってたりしていいし、そういう意味でのお伽話を作りながらその中に現実的、普遍的なことを表しているようなアニメのお仕事をしたことがないので、見た目ファンタジーというのはいくらでもあるんですけど、今回、見た目は特にファンタジーじゃなくて、お伽話感というのが新鮮で私にはとても好きなんです。
私も他の『ガンダム』は見たことがないので、なんとも言えないのですが、『ガンダム』の印象として、やっぱりロボットが闘っていて、戦争があって人が生きた死んだっていう話ととらえると思うんです。でも今回……、いやいつもそうなのかもしれませんが、ロボットがどうのこうのという話は大した問題ではなくて、そこの世界で生きている人たちの話なので、戦闘シーンの音楽を10作くらい並べて、聞いた後、ガックリ疲れた、みたいなサントラはあえて作りたくありませんでした。お伽話感が残るように組んでみました。
単純にロボット・アニメを見たことがなくて、それの何処が気持ちいいんだろうってわからなかったのですが、去年、オーケストラのガンダムのコンサートがあったんですけど、初めて、他の方たちが書いてきたガンダムの戦闘シーンの音楽を聞いていて、脈々と流れるガンダムの“戦闘節”(笑)を聞いて、「あー、そうなんだ」と思いました。私は、戦闘シーンでマーチングやティンパニーをダンドン鳴らしたりする音楽は、一生やらないと思っていたんですよ。何でかと言うと「みんなやっていてカッコ悪いから」。でもみんなやっているんですよ(笑)。だから、今回だけガンダム様だけに(笑)、思いっきりマーチングを入れてみました(笑。
自分の音楽はCMでも、アニメでも、映画でもドキュメンタリーでも変わりません。今やっていることにもストレスがないんですよ。アニメを軽んじてもないし、特にアニメが好きとか思っていないですけど、どこのフィールドでも自由に仕事ができています。基本的に監督とかスタッフを好きにならないと仕事ができないので、結局“あの人のためになにかしてあげたいわ!”と思うと、お金とかは関係なくなっちゃうんです。なぜかと考えると、私はいいクリエイターと出会えているんでしょうね、タマタマ(笑)。