ガンダムA12年10月号 教えて下さい。富野です 最終回

十年前までは村上隆氏の仕事は嫌いでした。理解以前にアニメのパクりだろうと感じていたからです。存在として気にはしていましたが、フォロワーになることはなかった。それが偶然、カタール展で公開された全長100mに及ぶ五百羅漢図を雑誌で見て、話を聞いてみたくなったのです。村上氏の掲げる芸術起業論や芸術闘争論は同意できるものでもあります。それで食っていきたいという衝動がなければ、現代美術などやっていられないだろう。しかし、食えるようになるためには何が必要なのかを説明できる人は少ない。彼のユニークな立ち位置や方向性は、近未来への指針になるのではないでしょうか。

震災をきっかけにした五百羅漢図で、ようやく物語性のある作品を

富野 今回、村上さんに会いたいなと思ったのは本当に偶然なんですよ。この間、東京芸術美術館に高橋由一展を観に行った帰りに寄った売店芸術新潮村上隆特集号が置いてあって、その中にあった今回のカタール展の五百羅漢図が飛び込んできた。その瞬間に、村上隆に会おうって思ったんです。あれを見たときに、十年前まであれだけ嫌ってた村上隆が、ついに来た! と思ったんですよ。
村上 え? 僕、嫌われてたんですか? なんでですか?
富野 理由ものすごく簡単です。僕はテレビマンガの仕事しかできない人間ですから、アーティストと言われる人たちは至高の存在なんですよ。そういう人である村上さんが、なぜ僕らが日々の糧を得るためにせこせこやっているアニメやコミックの世界に擦り寄ってくるんだ。それは汚いじゃないかっていう、それだけのことです。
村上 あぁ、なるほど。
富野 ただ、アート、特に絵画というジャンルを考えると、新たな手法を生み出さなければ次の時代が創れないのだとしたらこういう方向に来るのもわかないではない。だけど、僕の立場で言ったら、我々が日常で作ってるゴミくずみたいな素材を利用して、それをアートだと言うのは、それはお前の能力がない証拠じゃないかという風に思った。嫉妬もあって。
村上 分かりました。それなのに僕と会う気になったという事は、富野さんに少しゆとりが出来たっていう事なんですかね。ご自身の仕事に関してひとかどのものができたっていう。
富野 何言ってるんですか。僕はこの30年、まともな仕事は何一つしていない、年金生活者みたいなものなんですよ。
村上 アートを見下すところまで到達したんじゃないですか。
富野 違う違う。
村上 でも、それは正しい事ですよ。なぜならアートは西洋人のもので日本のオリジンじゃないんですから。
富野 確かに、村上さん自身、現代美術なんて詐欺みたいなものだとおっしゃってますよね。でも、あの五百羅漢図でようやく僕の考える思考の世界、芸術の世界に足を踏み入れてくれたというのが見えてきたので、これは嬉しいなと思ったんですよ。
村上 東日本大震災をきっかえに生まれた五百羅漢図で、具象的な、物語性のある作品をようやく作れたということですね。

僕ら世代はガンダム追体験する様に生きてきたんです

村上 富野さんは37歳くらいでガンダムを作ったわけですよね。その年齢で、国であるとか社会であるとか人間の葛藤であるとかを網羅した、あそこまで豊かな世界観を何故作る事が出来たのかというのは、僕の中ではミステリーなんですよ。まぁ、それをして人は天才と呼ぶのでしょうけど。富野さんが僕の五百羅漢図を観て、これは芸術だと仰ってくれるのだとしたら、ガンダムというのはこれとは比べものにならないくらい大きな世界を構築し、戦後の日本の情景を、まさに“芸術”として還元していた。富野さんは、そういう作品を既に作られているんですよ。僕の五百羅漢図も、震災という大きなきっかけがあって、富野さんに比べたら小さな世界ですけど、日本人とは何かという世界観を作る人口までどうにか来られたのかなと思います。
僕らの思考というのは、ガンダムによってガチッと固まってしまったんですよ。それ以後というのは、これは何話の何みたいだという感じでずっと追体験している様なものです。ホント、聖書みたいなものですよ。
正直言って、日本のアニメーションは、ファーストガンダムのラストシーンから逃れられない。擬似家族というか、家族の喪失とそれへの欲求というか……結局あのテーマに辿り着いちゃうじゃないですか。僕なんかもそうですよ。現代美術は西洋のものですから、人間のアイデンティティと死を中心にして色々とストーリーを散りばめていくんですが、やっぱりそこに日本人とは何かというエッセンスを置いていってます。
富野 あらためて村上さんからそういう話を聞くと、ガンダムという物語はそんなにも日本人的なのかという意味で、だからインターナショナルになれなかったんだなともの凄く落ち込んでしまいます。
村上 いや、それは単に時間の問題だと思いますよ。すぐにインターナショナルになれないという事は、賞味期限がそれだけ長いという逆説だと思います。
富野 そうは言っても表現されるものというのは作り手がひとりの人間な訳だから、ローカルから始まるものなんだよね。ローカルというものを背負ってないと、所詮絵空事になってしまう。フィクションであればあるほど、風土や宗教色みたいなものをまとっていない限りインターナショナルにはなりきれないんじゃないのかな。
村上 映像の世界について僭越ながら言わせてもらえば、やはりアメリカの覇権が強すぎる様な気がします。アメリカの保護主義に阻まれ、他の国々の作品はなかなかインターナショナルになれないという非常にアンフェアな状況だったと思うんですね。それが今、インターネットによって解体され、良い意味でも悪い意味でも作品の査定がフラットにされる様になってきた。後のバリアは、ローカリズムと言語の2つしかありません。特に日本の場合、文化にとっては、あの震災がポジティブに働いています。それ以前は経済的な勢いのせいで中国や韓国に押されがちだったのですが、震災によって再び檜舞台へと躍り出た。色んな意味で日本が再考されている真っ最中なんですよ。そんな中、まだガンダムが咀嚼されていないのであれば、作品がインターナショナルになり、本当の効力を発揮していくるのはこれからですよね。例えば、日本のアニメーションとアメリカ映画の関係性って浮世絵と西洋絵画の関係性にそっくりなんですよ。日本人からすると西洋絵画というのは、説明しすぎなんです。説明に説明を重ねて世界を構築していく。もしくはそれがポンと転じて、抽象画の様に説明しなさすぎになる。
一方、印象派に大きな影響を与えた日本の浮世絵は、効果を最大限に前面に出して、テーマなり何なりはト書きにする。東海道五十三次なんかもそうでしょ。あんな風に絵の中に字が入ってる芸術は、西洋にはないですよ。
富野 言われてみればそうだ。
村上 絵は効果重視で、しかもト書きまで入ってる。こんなの嘘じゃんって思いつつ、でも、この場所で富士山を見たらこう風に見えるのかもしれないと気付いた時、作品がグッと心の中に入ってくる。そういう表現の質は、浮世絵からアニメへと表現方法が変わっても全く変らず残ってるので、浮世絵の様にアニメが紐解かれる日が来た瞬間、西洋社会に一気に広がる様な気がします。そうなるとルノアールの描く豊満なご婦人の背景に浮世絵の団扇が貼ってあるみたいなおかしな事も起こってくる。富野さんがそれを見て、お前らバカじゃねぇのって憤る様な事が次々と起こって、しかしそれを世界中が喜ぶという状況が、アニメの近未来なんじゃないでしょうか。
富野 なるほどねぇ。

日本人は西洋文化とのギャップを認めない傲慢さがある

村上 あと、僕が日本の人達に嫌われる理由は、階級闘争というものが日本の歴史には殆どないんですね。西洋の芸術というのは階級闘争そのものです。勿論、浮世絵も階級闘争ではあったけど、常にカウンターなんですよね。下から上に向かって、ふざけるなっていう。でも、印象派っていうのはふざけるなって言いながらも、上の人達におもねってもいた。ダブルスタンダードを使いながら上手に立ち回っていた嫌らしい人達なんですよ。それは日本人からする潔くないですよね。戦後の日本人はブランド好きだから、印象派が来るとありがたいなと観に行きますけど、そういう本質的なものは理解していない。階級闘争における上流社会への接合点というものを理解したくないという気持ちがとても強いんだと思います。
富野 勿論、日本にも皇族がいるし、公家という貴族階級もあった。とはいえ、西洋の白人文化の階級はもっと厳しいし輪郭もはっきりしている。
村上 飯のタネなんですよね。それしか言い様がない。だから、僕はもう100パーセントおもねってる。そりゃあ、日本人には受け入れられないですよ。でも、西洋文化との間にそういうカルチャーギャップがあるんだという事を日本人は認めたがらない。僕らがアフリカのサバンナに住む人達との間に感じるのと同じ位のギャップがヨーロッパ文化との間にもあるのに、それをないと思ってるところが驚くべき傲慢ですよね。
富野 それは傲慢とはちょっと違うんじゃないのかな。
村上 勿論、普通に考えたらコンプレックスという言い方の方がしっくりきますが、コンプレックスに擬態した傲慢さっていうのはありますよ。特に官僚の連中にはそれを感じます。クール・ジャパンとか言ってる人達には、何とも言えない傲慢さを感じるんですよね。何も知らないのに人の褌で相撲をとってるのは、僕じゃなくて文化庁ですよ。

一分の一ガンダムは、遂に来るべき本物が来たという感じ

村上 僕は、富野さんがずっと作品を作られていたと思ってたんですけど、この30年何もしてなかったって言うのは?
富野 作品というのはヒットしてなんぼ、評価されてなんぼであって、そうじゃないのに自ら作品を作ったというのは、自己満足に過ぎないんですよ。
村上 いや、それは違うと思いますよ。富野さんはガンダムという一つのインダストリーを作った訳だし、そのインダストリーを回転させていく為のエンジンとしての存在感が強烈にある訳ですから。
富野 その話に乗るなら、3年前にガンダムの一分の一というのが作られました。自分の立場を含め、あれで学んだ事は多かったですね。
村上 どうだったんですか、出来としては?
富野 結論としては、素晴らしかったです。ただ、最初に僕があの企画を聞かされていたら、徹底的に潰しに行ったでしょう。と言うのも、ガンダムというのはまずプラモデルありきなんですよ。でも、一分の一をプラモデル感覚で作られる訳にはいかないという危惧が僕の中にはあった。ただ、初めて話を聞かされたのが3ヶ月後にはもうお台場に建てますよっていう段階だったので、反対のしようがなかったんです。指をくわえて見てるしかない中、一分の一が出来上がって……プラモデルの拡大版でもなく、彫像でもない、ああいう造形はありだなと思った。もう一つ僕には偏見があって、おもちゃカラーが大嫌いなんですね。でも、一分の一は僕が直接担当してなかったから、赤青黄の三原色+白というおもちゃカラーそのままで作られた。それを見たときに、おもちゃカラーの力にびっくりしたんですよ。
村上 凄いですよね。
富野 でもね、僕の頭にあるのは徹底的なリアリズムなの。つまり、一分の一のガンダムを作るからには、例えそれが動かないとしても単なる造形物ではなく、モビルスーツとしてリアルであって欲しいという理工系の考えが先に来るのね。だとしたら外装はオールチタンだろう。百歩譲ってジュラルミン。それ以外の造形は考えられないんですよ。
村上 もっと志が高かったという事ですね。
富野 リアリズムで考えたら兵器におもちゃカラーはありえない。でも、実際あの様な造形物がおもちゃカラーで塗られた時の、あのハレな感じはなんなんだろう。この僕の驚きは、村上さんには想像出来ないと思いますよ。本当に感動しました。
村上 太陽の塔なんかよりも全然素晴らしいですよ。
富野 ひょっとしたらそうかもしれない。これで村上隆にも勝ったかもしれないって(笑)。
村上 いや、本当にそうですよ。いつの日にか来るべき本物が、ついに来たって感じですよね。
富野 ただ、3年後の今、大問題があるんですよ。いつまでもあんなものを建てておくなっていう。
村上 コンティニューしなきゃって事ですか?
富野 うん。頭だけがちょっと動くだけの今の一分の一は、しょせんイベント用の広告塔な訳。これ以後の一分の一は、もっとちゃんとしたアトラクション、つまりエンタメにしなくちゃいけない。ただ立ってるだけで客が喜ぶと思うなという事と、もうガンダム一体だけじゃ済まないんだという事です
村上 確かにもっと色々な一分の一が見たいですね。サイコガンダムとか(笑)。
富野 村上さんのヴェルサイユ展の様に、いくつかの作品を並べる事でイベント性やエンタメ性を高める事が出来る筈なのに、そこに行き着かない関係者に腹が立つんですよね。もっとこんなのもあるぞ、次はこんなにも凄いぞってやっていかないと客に対して申し訳ない。そういう意味ではもっと客におもねって、みんなに喜んでもらえる劇空間を作ってあげなきゃいけないのに、今のガンダム関係者は同じものを10年と使いまわしても客が来てくれるからって、それ以上の事を考えようとしないんですよね。
村上 あのガンダムの隣にザクがいたら相当楽しいですね。
富野 だから、一分の一が建った後、すぐにザクを作れって言ったんですよ。ただ、動かなかったら承知しないぞ。出来れば、ジャンプさせろって(笑)。

芸術の環境は劣悪だから自らアクションしないと何も始まらない

富野 僕なんかでも一分の一が作られたお陰でネクストを考えなきゃいけないと思える様になった。村上さんは常に次のものをって考えている訳ですよね。
村上 今は富野さんの評価軸で評価される様なもの、つまり映画やアニメを作っています。もう現代美術の方での野心はあまりないんですよ。
富野 そうかしら。オタクを集めて世界ツアーをやるっていう記事が某新聞に載ってたけど、あれなんかは次の方向性を示すものなんじゃないですか?
村上 アメリカが経済的に瓦解していくのが今後2、30年の風景だとすると、世界は本当にスーパーフラットになっていくと思うんですよね。新興国の経済が勃興し、それが突然崩れるという様な繰り返しが南半球で拡がっていくでしょう。その時に、多分、マンガやアニメというものが必要とされる。人心を慰めたり励ましたりするソフトとして、戦後日本が作り出したサブカルチャーオタク文化は、もの凄く効能があると思うんです。僕らの仕事はその時の為の地ならしをする事なんです。最初に等身大のフィギュアを作った時も海洋堂さんとはすったもんだがありました。そういう風に抵抗のあるところを僕らが掘削していく、という気持ちは、正直あります。今、何故アニメや映画を作っているのかというと、心の底から本陣はそっちだって思っているからです。日本のオタク文化が世界の処方箋になる。例え宗教が壊滅しても人は物語を消費し続けるしかないし、その時の処方箋のひとつを作りたいという気持ちがあるから、そっちにどんどん走っています。
富野 そういう風にきちんと言葉にされるという事は、かなり具体的なビジョンが見えているんだなと感じます。それは村上さんの様な立ち位置だから言えるのかな。僕としては、アニメやコミック業界の人達にそういう言葉遣いをして欲しいんだけど……。
村上 それはやっぱり、恵まれてますからね。
富野 恵まれてる?
村上 マンガとアニメの業界には日本のトップの才能が集まってるから、みんなそこでしのぎを削るのに必死だし、若い頃からそこそこの生活を確保出来ますよね。アメリカの方が良いってみんな言うけど、人口比や業界人の比率から言えばそうでもないんですよ。日本の業界のトップクリエイター達は、世界でも有数の恵まれた環境の中で制作できるし、出版社や制作会社が上手に扱ってる訳ですよね。良い意味でも悪い意味でも。それに対して僕ら芸術の世界の環境は劣悪です。誰も認めてくれないし、お金なんか勿論ない。例えリスクがあったとしても、自分で言葉にして、アクションを起していかなきゃ何も始まらないんですよ。
富野 そういう目線の話をされると、どう答えたて良いのかわからなくなる。というのも、僕は芸術と同じ様に劣悪で貧乏だったアニメの環境しか知らない訳だから。
村上 富野さんはインダストリーを作っちゃった人ですからね。この業界の他の人達とは立場がまるで違う。創業者故の苦労は沢山おありでしょうけど、後人達は富野さんの様な冠は決してもらえない。色んな意味で、凄いポジションだと思いますよ。
富野 だけど、さっきの年金生活っていうのはレトリックで言ったつもりはないんですよ。フリーランスのモノの作り手であるなら、やっぱり作品の上がりで食っていきたいんだよね。
村上 上がりは凄いんじゃないんですか?
富野 そんな事はない。だって、僕はガンダムの原作権は持ってませんから。
村上 でも、僕自身沢山係争を起しているから分かるんですけど、契約社会って本人次第なんですよね。実は、この世に確固たるルールなんてないんですよ。スティーブ・ジョブスが良い例じゃないですか。音楽業界でも何でも入り込んでいって、俺はこうしたいんだって無理を言っても、それが通ったじゃないですか。アメリカは陪審制なので、世間的に受け入れられれば、裁判でも勝てるんですよ。どうすれば人は納得するかを考えて物事を起しさえすればね。例えば、今、富野さんがガンダムの原作権を主張したとします。今更何だよっていう圧力は強いでしょうから、そんなリスクを冒す必要はないですけど、手を挙げさえすれば富野さんが勝つ可能性は高いと思いますよ。いくら契約書があろうが、そんなものは関係ない。
富野 そうなのかもしれないけど、流石に70になってそれをやる気はないな(笑)。
村上 それは分かります。でも一番大事なのはmそういう状況になれば誰が一番凄いのかという事が明確になるという事です。つまり、決して年金生活者ではないんですよ、もっともそんな事をしなくても今の富野さんは、インダストリーを創造した人間として、業界全体が尊敬し、一番良い形でクリエイティビティを発揮出来る環境を持っていらっしゃるんじゃないですか。ただ、ご自身はずっとその環境にいるので、下界はもっと素晴らしいんじゃないかという妄想をかきたてられている。
富野 あはははは。
村上 ハリウッドのプロデューサーなんか使い捨てですよ。常に次の作品が失敗したら終わりだって戦々恐々としています。それを考えたら日本という国は、内部の人間にとって良い環境を作る事に関しては、どの業界も上手ですよね。原発業界にしてもそうじゃないですか。
富野 なるほどね(笑)。
村上 なんやかんや言って社会がちゃんと機能しているんですよ。

布教活動にはチューニングが必要。手順もあるし、時間もかかるんです

村上 富野さんと違って、僕なんかザビエルみたいなもんですよ。自国の文化を広めようと思ったら、最初はやっぱり異国に僕みたいな人間が行って、ローマの本拠地でやってる様な事じゃなくて、踏み絵でも何でも、その土地土地に合った方便をとらなきゃいけない訳です。それに対して、母国のハードコアな連中は、そんな事をしたら正しいものが伝わらないじゃないかって言う訳ですけど、この民族はまずこういう儀式をやってから入らないと受け入れてもらえないから、そこはちょっと大目に見て下さいとっていうのが、僕の立ち位置なんです。アニメ原理主義やオタク原理主義の人達の言う事は勿論分かります。でも、僕は外に布教活動に行ってる訳で、そこは色々とチューニングが必要になってくる。本物を分からせるには踏まなきゃいけない手順もあるし、時間もかかるんですよ。
富野 それは分かります。
村上 例えば、お台場のガンダムに僕が大興奮して、これこそが僕の源流で日本が誇るアートなんだって外国の友人に写真を送っても、全然反応なんかないですよ。やっぱ、まだダメなのか……って。文化の違いを埋めるのは、それくらい大変なんです。
富野 だって、当事者の僕ですら、お台場に建つまでは分からなかったからね。
村上 いやぁ、感動しましたよ。
富野 ただ、僕にはひとつ予習があって、上井草駅前にガンダムのブロンズ像があるんですよ。
村上 あれは良くない。最悪だなと思って見てました。
富野 僕は、あっちは最良だと思っていた。あれは、僕がきちんと指揮を執ったんでね。
村上 そうなんですか? ヤバッ(笑)。すいません!
富野 いや、あれに問題点があるって今まで分からなかったけど、村上さんにそう言われて分かりました。あれこそ、僕の世代の彫刻論なんですよ。
村上 そうそう。昭和っぽい。ウルトラマンのデザイナーの成田亨さんの彫刻も若干、昭和なあんな感じなんですよ。彫刻としての身体の動きを全面に出している。
富野 あれの2年後に一分の一を見せられて、こっちの方が良いなって思った。言ってしまえば美術史の50年くらいの落差を2年でバーンと感じさせられた訳です。ただ、あのブロンズ像は本当に気に入ってるんですよ。処女作みたいなものだから。コンセプトやタッチも含めて、あれが僕の実力です。
村上 あれって複製は?
富野 できるんじゃないかな。
村上 あれ、欲しいな。
富野 よしなさいって。最悪だって思ってるんでしょ。
村上 そんな事ないですよ。最悪だって思ったという事は気になってるって事ですから。これが現代美術の面白いところで、コンセプトを理解した瞬間、最悪が最高に変るんですよ。自分の脳味噌が追いつかない部分があると人って感動するじゃないですか。僕は今、富野さんの考えている事がよく分からなくなったので、感動し始めているんですよ。
富野 あのガンダム像を作る時にまず考えたのは、目につかないものを作ろうという事だったんです。上井草駅前という公共の場所に置くという事は美術館やイベント会場に置くのとは違う訳ですからね。それで彫刻家の方に、メカだと思わずに裸婦像のつもりで作ってくれとお願いしたんです。メカっぽくならないためにという事で、地面から生まれたというコンセプトまで持ち出した。そういう面倒臭い事をやってる訳です。
村上 なるほど。凄く面白いですよ、この話。どこが気に入ってらっしゃるんですか?
富野 僕の注文通り作ってくれたから。それだけの事。
村上 つまり、アニメから彫刻へとトランスフォームしたって事ですね。ちょっと僕、友達の美術評論家3人くらいともう一回観に行きます。めっちゃ盛り上がりますよ(笑)。日本の戦後の美術史そのものですもん。絶対、レプリカ作って、美術館に持っていける様にした方が良いですよ。で、一分の一は外国に持っていく。
富野 でも、それを村上さんに託すのはイヤだな。村上隆展の一員にとして持っていったら、もの凄い色にするでしょ。
村上 しませんよ(笑)。僕らの仕事は、オリジナルのガンダム展を外国で出来る様にするための地ならしですから。屯田兵みたいなもんですよ。それなのに嫌われて、アニメやオタクを利用していると言われるのは、ちょっと心外ですね。屯田兵だから色々とコストがかかるんですよ。社会的信用もないし。今のアニメは信用あるけど、富野さんの時代、黎明期はなかったでしょ。その頃と同じですもん、今の僕らは。
富野 でも、今回のカタール展あたりでそれなりの地盤は出来たんじゃないのかな。
村上 日本じゃ無理ですね。僕ら芸術の世界には、ガンダムの新世紀宣言の様に2万人が動いたとか、そういう分かりやすいイベントがないですから。分かりやすく、本当にみんなが熱狂する様なムーブメントは芸術には作れません。そういうジャンルではないですからね。

今は宗教がなくなった。だからオタクが必要とされる

村上 僕は最終的には、他の人には作れないアニメや映画を作りたいと思っていて、旅もしてるし、面白い実体験もかなりある。人が知らない様な話を自分の中に蓄積してきているんです。政治と芸術とお金がどういう風に絡んでいくのかも経験として学んできて、カタールはそれの一つの究極なんですよ。カタール政府は僕の展覧会をきっかけに、日本との友好関係を深めようと思っていたんですね。というのも、日本が一番カタールから物を買ってるし、ガスを液化する技術も日本から提供されている。自分達の国力が伸びているのは日本のお陰だという思いがあるので、その感謝の気持ちを含めて、日本アーティストである村上隆の個展を、国を挙げて開催しようと言ってくれたんです。ところが日本政府はそういうカタールの意図を全く感じずに、殆ど反応しませんでした。
富野 そういう意味では、外交と政治の問題になってきちゃうんだけど、彼らはクール・ジャパンとか言いながら、文化を通してのアクションが国際交流上かなり有効なんだという事をあまり分かってないですよね。
村上 全然ダメですね。彼らには勇気が無いし、言語のコンプレックスが強いので、自分の言葉がちゃんと伝わっていないのではと躊躇してしまう。それをブレークスルーして交渉まで持っていけないんですね。
富野 そんな国家がいつまでもつか……もう時間との勝負にもなってきているんだけど、これ以後、若い人にどういう風に頑張れって言えば良いと思う?
村上 富野さんはどういう風に仰ってるんですか?
富野 この話は次の新作に関わってくるんですが、現世のことは考えないというところに行き着きました。そうしないとお話が作れない。現世のことを考えたらどうしても終末論になってしまう。それを突破するには、次の世界があるというふうにしか作れないんですね。
村上 素晴らしい。宗教の勃興に立ち会うみたいなものじゃないですか。
富野 それを子供向けアニメにきちんと落とし込んでいきたいんですね。大人を洗脳することはできないから、ターゲットを10〜16歳くらいにしぼって、ここに放り込もうとしています。
村上 僕が思うに、今って宗教がないでしょ。だからオタクがこんなに必要とされるんですよ。富野さんがそこに行き着くのであれば、みんな、その作品が出現した瞬間は戸惑うでしょうけど、本質的に心奪われる人は数多くいるはずです。そして、また十数年経って、富野さんが、俺はそんなことが言いたかったんじゃない。お前ら勘違いしているって吠える。そういう状況に必ずなると思います。
富野 アニメの作り手はそういうところに自分の立脚点を持っていくしかない。で、アニメやコミックはその性能、つまり記号性の高さゆえに、宗教や神話的な要素を、それを一切感じさえずに物語の中に放り込むことができる。そういう作品を作りたいんです。
村上 それは楽しみだなぁ。

現代アートはロボットアニメと同じ一つのジャンル

富野 僕はアンディ・ウォーホールマリリン・モンローを見た瞬間に現代美術が大嫌いになったんです。コピーできるものがアートであるはずがないと思ってますから。村上さんが一緒にお仕事されている人たち、ダミアンとかクーンズのような、あの手の作品が、僕には基本的にわからないのね。現代アートって何なんですか?
村上 ロボットアニメと同じように一つのジャンルですね。ジャンル自体を理解せずに、自分はすべてのアートを理解できると思うところに、僕は日本人の驕りを感じるんですよ。ロボットアニメにはロボットアニメの文法があるわけで、富野さんのようにその文法にのっとって、ものすごく大きな世界観を表現している人もいる。ただ、それでもロボットアニメというだけで見たくないという人も絶対いるじゃないですか。現代美術に拒否反応を起こす人たちも同じですよね。コピーというのは単なる手法の一つであって、醜悪な現代社会の写し鏡をを作るというのが、戦前のキュビズムあたりからの芸術のトレンドになってしまっているので、僕らは露悪的な世界観を作り続けるしかないんです。
富野 それはちょっとつらいところですね。
村上 ただ、歴史は平等なので時間に洗い流されたときに残るものが本物なんですよ。いくら本人がこれが現代美術だと言い張ろうが、最後にガンダムの一分の一が残ったら、それが芸術になるのが歴史なんです。僕らは現代の梅原龍三郎みたいなものです、印象派が見たくても本物は日本に来やしないから梅原龍三郎が西洋絵画の翻訳を書いたように、僕はアメリカやヨーロッパに行って、日本のアニメやコミックについて、彼らが理解しやすいような翻訳を描いている。彼らがなるほどわかったとなれば、今度はいよいよ本物の登場です。そうなったら僕は潔く姿を消しますよ。
富野 今の話に「わかった」と言っちゃうと、村上隆の仕事をかなり下に見ちゃうことになる。
村上 悲劇的な仕事ですよ(笑)でも、高橋由一だってそうじゃないですか。西洋絵画をどうすれば日本化できるのだろうという苦闘ですよね。出た結論が、なんと貧しく、そして無意味なことなんだろうかという。でもそんな彼の絵を見て、人々は気づくわけです、日本人とは愚かなものよのぉと。芸術ってそういうエンターテインメントですから、人間の愚かさを理解するために、芸術というのはあるんです。僕の作品を見た未来の人たちが、あの時代は愚かだったなぁと思う。そういうエンターテインメントを作っているんだという自覚はあります。
富野 ご自身でそう思えるのは凄いよ。
村上 凄くないですよ。哀しいでしょ(笑)。

十年かかって村上隆に会うことができた。これを対談の区切りにします

村上 ところで、十年近く続いたこの対談、これで最終回だとか。この雑誌の芯になってるページなのに、なぜですか?
富野 一つは、僕がさっきお話した新作のスタジオワークに入れるらしいから。もう一つは村上隆のせいです。
村上 僕は関係ないでしょう(笑)。
富野 僕のなかではかなり重い要素になってる。この対談企画を立ち上げるとき、対談候補者の中にはあなたの名前も入っていたんです。でも、十年前の気分では同業者の感覚があって声をかけづらかった。スーパーフラットの時代までのあなたの仕事が好きじゃなかったというのは、さっきお話したとおりです。で、十年近く経って世界のムラカミになってくれて、その人が対談を許諾してくれた。これは僕にとっては本当に嬉しいことで、そんな対談相手はあなたしかいない。だから、これで一度句読点を入れたいと編集長に言ったんです。
村上 そういう関係だと思っていただけてたんですね。ありがたいです。ということは、新作というのはかなり具体的になってるんですね。
富野 ニュータイプエース第一号では、コードネーム『Gレコ』として発表して、冒頭の展開をアタックストーリーとして掲載もしてもらいました。その時点では『G』は重力のGで作品開発をしていたんです。新しいロボットものを開拓するには、ガンダムという名前は徹底的に邪魔だったので。
村上それはわかります。Gはgravityだしgroundし、もっと広い世界観から新企画を立ち上げたかったんですね。
富野 そうです。企画そのものは三年ほど前から始めていて、紆余曲折があった。去年の震災と原発事故も影響して、内容を変更する必要もあった。あなたの五百羅漢図と同じで、無神経にはやれないよね。
村上 それはそうでなきゃ。
富野 しかも、アニメ的には小中学生が見てくれる正当なロボットものにすることを考えていたので、本当に苦労しました。
村上 内容としては、宇宙エレベータを中心とした子供向けアニメということですね。
富野 いや、大人向けだよ。原子力村の大人って大人か? ああいう手合いにわからせて、再学習させるのに、うかつにアダルト的に制作すると十番煎じのガンダムになっちゃう。
村上 あははは。
富野 ただ、この歳でTVシリーズレベルの番組制作はかなり過酷です。シナリオはもう全部書いていて、現在再考中だし、コンテも全部切るつもりでいる。まぁそれは無理そうなんだけど、いずれにせよ対談準備の時間はもうとれそうにない。だって、対談一つやるためには、相手のキャリアを徹底的に調べ、著作もできるかぎり読んで、という…コンテ一本分以上の時間がとられるんです。というわけで、『教えて下さい。富野です』は今回でいったん小休止。長い間、ありがとうございました。
村上 また戻ってきてくれますよね。そのときは、僕から…。
富野 それはダメ。

対談を終えて

本当に対談の日、氏に会う直前に、区切りになると感じたのは、氏との関係が無縁でなかったからだろう。それは嬉しいことで、今も今後も難しい局面が続くだろうが、意気軒昴である氏の姿に心躍った。まだ二つほどの山はあるだろうが乗り越えられよう。

なお一年半前にも言及していた模様
村上隆氏の目的がやっとわかった希ガス(小並感)。
「シナリオの手直し」がどういう意味か。通常作品の本読みレベルなら、すでにシリーズ構成はOKということになる。逆に、構成も含まれているのであれば、まだまだ前途多難。
たぶんこの言い方だと、2クールものなんだろうな。

関連 GEISAI#17 審査員発表・トークショー

http://www.ustream.tv/recorded/25130111
富野も審査員として参加。