あまちゃんファンブック 『あまちゃん』の凄さについて 富野由悠季

あまちゃんファンブック
御禿のあまちゃん評の初出

この番組の凄さというか面白さを生んでいるのは、素材の取り上げ方とその扱い方にあります。モデルの舞台があってそこにある方言を利用して面白さを喚起して、かつ地方性の問題もピックアップしている。それでいて、それをフィクションにして毒のないものにしながらも、東日本大震災までもっていくという企画性に期待するところがあるからです。
さらに宮藤官九郎の構成の組み立て方も巧妙で、映像表現が一直線でなく、あちらこちら、こちらからあちらへと飛んでいるにもかかわらず、シーンの話はわかる、気分はズレていない、次のシーンを期待させるように構成されている、という点です。
4人の演出家たちがそれをよく演出して、かつそれぞれの役者の個性を堅持しながらも、さらにそれぞれの新しい個性を引き出している。ですから、主役の天野アキに能年玲奈を選んだ慧眼から、宮本信子にあの格好をさせることができた力技と書けば、全員の登場人物について指摘しなければならなくなります。
官九郎自身も、脚本執筆がライブ的な部分があって、ペンが滑ってしまった部分もあったと言いながらも(出典 7月21日讀賣新聞)、それも含めて視聴者に認めさせてしまっているという力技が見えます。
さらにこの番組が凄いのは、現代の地方と東京の関係性というものをテーマとして捉えているということです。地方では海にモグリ、東京では奈落にシズミ、で現代的なメタファーをフィクションに仕立ててしまっているので、NHKの番組がAKB48をなぞってどうする、と言いたいところなのですが、劇の面白さがそのような大人の事情を忘れさせてくれています。このあたりの組み立て方には、さすがテレビドラマの名手の腕の冴えを見ることができます。
問題なのはこのレベルで最後まで行けるのか、という不安が生まれてしまっているのが『あまちゃん』なのですが、しかし、スタッフ全員が乗っているので、最後まで付き合えるだろうと期待しています。

なお最終回後の寄稿で手のひらを返したもよう。
ここで御禿が褒めているポイントを、G-レコでは自ら実践しようとしている様に感じる。