週刊ダイヤモンド2013年2月23日号 特別対談 社会を変えるガンダム世代 守安功・富野由悠季

――富野監督がガンダムを生んだ年齢と、守安社長がDeNAの社長に就任したのはくしくも同じ37歳。なぜ若くして大きな仕事を任されたのでしょうか。
守安 37歳というと普通、若くて下っ端という印象があるかもしれません。ですが、インターネット業界ではベテランの域に入ります。1990年代後半から日本でもネットバブルが起きましたが、そから15年ほどたっているからです。20代は手本やルールがない中で仕事をしてきました。
2006年に取締役に就任してからは、社長になろうと考え、事業の多くの意思決定に関わりました。業界内では経験を積んだほうでしたので、特別に若いとは思っていません。
富野 アニメ業界でも似たようなところがあります。僕らの世代を、その一つ上が上限といったところです。後は手塚治虫さんしかいないんですよ。だから僕も立場は同じようなものでした。
――富野監督は手塚氏のアニメ制作会社、虫プロダクションで働いていたとき、「とにかく絵コンテを早く描くこと」で頭角を現し、ガンダムへつながったと伺っています。
富野 絵コンテをなるべく早く描くというのは、アニメの制作現場において骨格になる業務だったのです。演出家を目指していましたから、技術力を高めていきながら、かつ報酬を得ていくにはどうすればいいのか考えた結果です。制作現場としても助かりますし、次の仕事がもらえるようになりました。
組織の中では自分のポジションをよく考えなければなりません。自分の仕事だけ見ていて、事業の根本を見逃しているようでは駄目です。中枢を知らずに末端の業務をこなしているのでは、なんら進歩がないのです。
その上で、あいさつをきちんとすること。これは上司の機嫌を取るためではなく、自分のためにやるのです。あいさつをし続けることで不思議と身が引き締まっていきます。おっくうにならずにあいさつすると違いますよ。
守安 それはわかります。われわれは海外展開を進めており、世界11ヵ国18都市に拠点を持っています。どの地域の社員と話すときでも必ず“How are you?”という挨拶から入ります。そうしないと仲間になれない気がします。
富野 海外展開ですか、意外です。欧米文化圏ではアニメやゲームの好みに差がありますが。
守安 キャラクターやアートの違いはありますが、一般的に言われるほどではないです。もともとモバイルインターネットが発達したのは日本のほうが先なのです。海外ではスマートフォンが普及してから携帯電話でネットを使うのが本格化しており、市場は成長しています。
富野 DeNAさんは他の経営者が嫉妬するぐらいの業績を挙げていますね。さらに、球団買収や陸上部の受け入れなど文化事業的なことにも手を出し始めている。ガイドラインのない中で急成長を遂げています。
守安 ガンダムと重なるところがあります。地球連邦軍ホワイトベースという宇宙戦艦がありますが、これがまた普通の戦力ではない。主人公のアムロ・レイのように能力の発達した人がいると、一気に戦局を打開できるわけです。
これがわが社にも言えることですが、社員が2000人になっても、新しいものを生み出し局面を変えることができるのは数人のチームだと思っています。
実際、06年に開始した携帯電話向けゲームのMobageは当初3人で始めました。09年にヒットしたソーシャルゲームの怪盗ロワイヤルも4人で開始しています。停滞していたときに会社を伸ばすきっかけになりました。
社員が2000人もいるから自分には無理だと思わずに自分が難局を打開するんだと、社員にはアムロのような人物になってもらいたいと思っています。

人と人とはネット上でつながらないと駄目?

富野 ところで教えてほしいのですが、twitterにしてもLINEにしても何がいいのかわからないのです。あれでコミュニケーションが取れるというのはどういうことですか。
守安 私もtwitterを使っていますが、つぶやくことはしていません。興味のある人をフォローして、その人がつぶやく情報を集めるようにしています。
富野 はは、そうなのですね。
守安 自ら発信したい人はそうはいませんが、オピニオンリーダーになりたい人が積極的に使っています。フォロワーがたくさんつくと影響力を持つようになり、twitterから成り上がることが可能になったわけです。
富野 オピニオンリーダーですか。
守安 twitterは「情報を得るツール」だと思っています。一方、LINEは一対一のコミュニケーションツール。電話やメールでやっていたことがスマホのアプリを通じてできるようになったのです。
対してMobageは、ゲーム好きな人がコミュニケーションをする場であり、同じソーシャルメディアといわれるサービスでも立ち位置が違います。ただ、われわれにもLINEと似たcommというサービスもあります。
富野 さらに音楽配信も始められるようですが、音楽そのものがメディアではないようですね。
守安 はい。今年度内にGroovyという、音楽を通じてコミュニケーションを図れるサービスを始めます。「知り合いが好きな歌手の作品を自分も聴いてみようかな」と思えるようなものです。
富野 ただですね、そもそもそこまで人と人とがつながらないといけないのですか。
守安 いや、つながらなくてもいいですよ。twitterで情報の取得が変わったように、音楽の取得の仕方や接し方を多様化できればよいと考えています。富野 よくわかりませんね。音楽でいえば、僕の場合は絶えず「単品購入」なんですよ。これは一人の作家から常によい作品が生まれることなどは絶対にないからです。個人的に、はやりものには絶対に触れるものかとも思っています。
守安 ITのアプローチというのは、例えばAとBという曲が好きな人が多ければ、Aを聴く人ならBも好きな可能性が高いからお薦めしようというものです。音楽を介して見ず知らずの人と知り合える可能性も高められるのです。
富野 コンピュータシステムを最大限利用しているのはよくわかります。ただ、ゲームができない者として思うのは、どうしてここまで利用者がいるのかわからないのです。それだけ皆さんが「暇」なのでしょうか。
守安 私はエンターテインメントの一種だと考えています。例えば、映画であれば2時間、遊園地であれば一日中かかるように、娯楽にはまとまった時間が必要でした。携帯電話向けのゲームが支持されたのは、待ち合わせ時間などの5分間で楽しめるようにしたことにあります。隙間時間に楽しめ、自由度を高めたことで、まとまった時間と娯楽とを切り離すことができたのです。
――ガンダムもゲームや音楽、プラモデルなどの多角化に成功し、1000億円市場に成長しました。
富野 実は当時の契約は30万円の原作契約の一括買い上げでした。ですから、市場の利益をじかに享受しているわけではないのですよ。
とはいえ、本来一銭も払わなくていいのに、制作会社などからは企画協力費なるものを頂いています。それもファンがいてくれたからです。大変感謝しています。ですが、ただなぁ……という「なぁ」が30年付きまとっています。これも僕の欲なのかもしれません。

採算の合わない宇宙開発を民間から変える必要性

――ところで、そもそも守安社長は東京大学で航空宇宙工学を専門にしていたのに、なぜIT業界に進んだのでしょうか。
守安 元は根っからの理系です。大学ではスクラムジェットエンジンの研究をしていました。これはマッハ10で飛べる超音速飛行機でして、実現すれば東京―ロサンゼルス間を1時間半で結ぶ夢のある研究でした。大学4年になり、航空エンジンの大手のIHIに入ろうと思っていました。
しかしながら、学校推薦の求人3人のところ4人が応募してしまいました。すると指導教官が4人を集めて「さあ始めようか」と言うわけです。なんと、ジャンケンをして、4分の1の確率で負けました。うわさでは聞いていましたが、まさかこうなるとは。
富野 へえ、知らなかったです。東大の伝統なのですね。
守安 大学4年の7月だったので採用も終わっており、仕方なく大学院に進みました。ここで30年後に実現する研究よりも、結果が早く出るIT分野に惹かれました。卒業後に日本オラクルに入社しプログラミングなどの勉強をし、確実にネットの時代が来るとみて、DeNAに参加したのです。
富野 東大の宇宙工学の方といえば雲の上の存在でしたが、今は本当に苦労しているようですね。
守安 希望先に就職もできないようです。
富野 宇宙産業は、ロケットで1人飛ばすのに数百億円かかったという話も聞きますから、コストパフォーマンスが到底見合わない状況です。技術革新を起こし採算が取れるようにして、交通機関になり得なければ産業として成立しません。宇宙に資源がどれだけあるのかもわかりませんし、ロケットを飛ばすことによる環境汚染の問題もあります。
守安 そうですね、宇宙産業と研究とが懸け離れているように思います。知り合いも多くいますが、研究者から見ればビジネスを動かすというのはわからないでしょう。さらに特注品が大き過ぎることで民間が入れずに国家の仕事となっています。今後は、民間が入れるようにしていかなければなりませんね。
富野 ええ。宇宙開発は民間から変えていかないといけません。DeNAのような企業に支えてもらいたいですよ。ネットいう産業にとどまらず、上へ上へと目指し、国家運営にも活躍できる人材を輩出してください。
守安 もともと興味のある分野です。長年研究している人は大きな組織でやる問題を感じ、小さな組織でやろうとしている人がいます。大きな組織ではなく、アムロのような人に活躍してもらえるよう関わっていきたいですね。
富野 その点でいえば、以前東大の大学院でバイオエネルギーを研究している人と会いました。「これでガンダムを動かすんだ」と本気で言っていました。僕は腰を抜かしてしましましたよ。

最後の東大大学院のバイオエネルギー研究者は、おそらくガンダム世代への提言2巻収録(ダムA連載は08年11月号)の五十嵐泰夫、石倉喜郎両氏。