月刊CIRCUS 10年9月号 FACTORY_A NO.14 我々もニュータイプになりうる!

ガンダムは子供向けのアニメじゃない

淳 前回のドラクエ・堀井さんに続き、また僕の大好きなものを生み出した方がゲストです! もう、富野さんは僕ら世代の父親みたいな存在なんですよ!
富野 ありがとう。でも僕はあなたを産んだ覚えはない(笑)。
淳 それはそうですけど(笑)。僕は小学生の頃からガンダムを見てましたが、大人になって見直してみて驚きましたもん。こんなにも深い物語だったのかと。
富野 初めから、子供向けにつくろうとは思ってませんでしたから。戦隊モノしか作れないクリエイターもいます。でもそれは我慢ならなかったから、巨大ロボを使った普通の映画をやる、というのがガンダムを作った狙いだったんですね。もうね、当時、あのままだったら仕事に殺されるとこでしたから…。
淳 仕事に殺される?
富野 分かりやすく言うと、マルシーや原作権が獲得できるとか、そこまで認知された存在にならないと、一介のフリーランスはひとつの仕事が終わったら死ぬということ。当時、巨大ロボものなら徹底的にオリジナルストーリーが作れた。もしこれが当たれば自分も食っていけるかもしれない、という一種の賭けだったんです。
淳 じゃあ、その賭けに勝ったんじゃないですか!
富野 そうですね。でもその後、ガンダムだけがひとり歩きを始めて、いつの間にか僕以外の人間がガンダムを作ってたというのもあったりしてね。それで、一時うつ病になりましたもん。
淳 そうだったんですか……。
富野 そう。最初は「ガンダム」の手ごたえなんてほとんどなかったですよ。「ガンプラが売れたから映画化するぞ。監督やってくれ」って話でね。でも向こうの言うことを全部聞いてたら“仕事に殺されちゃう”。当時のアニメ映画って、1〜2年間オンエアしてたテレビ版をぎゅっとまとめた、いわばダイジェスト版が主流だったんです。でも、そんなのが面白いわけがない。だから僕は「実写の監督を連れて来るな」、そして「上映時間に見合った話数でしかまとめられない」と。つまりガンダムだと、1クール12話分が限界。それ以上、詰め込むならやらないって言ったんです。日本サンライズさんも頑張ってくれて、何とか配給元にOKしてもらって。それで公開して1週間もたたないうちに「是非2本目も」って来て。
淳 大ヒットしたってことじゃないですか!
富野 そんなの結果論だよ。ハナから「3部作で行きましょう」じゃなかったんだから、富野の実力を認めてくれなかったんだよ!
淳 でもヒットさせるのに、相当プレッシャーもあったのでは?
富野 いや、プレッシャーじゃなくて、意地。「自分がやりたい作品はこうなんだ!」と、いろんな力をはね除けるための意地でしたね。
淳 でも、そのこだわりがあったからこそ、今でも語り継がれるファーストガンダムが作れたってことですよね? 富野さんがそこを死守してくれたんだ!
富野 そんなふうに言ってもらったの初めてですよ。嬉しいなぁ。
淳 だって、すごい世界観ですもん。地球に住めなくなった人がスペースコロニーに移住し、その中でも、ここは農作物だけを作る場所、なんて細かい設定、よく子供投げましたね!
富野 だから、子供に向けて話してないんだって(笑)。自分が子供の頃を思い出してほしいんだけど、かみ砕いた子供扱いの話し方されると腹立ったでしょ?
淳 はい。「僕だって、もっと分かるよ!」ってなりますね。
富野 だから子供向けっていうのは、大人が努力しないのをそう言ってるだけなんじゃないかと思って。初めて子供向けのテレビシリーズの総監督やったときにそれを考えて、自分が持ってる能力を全部出し切らないと、絶対に子供にそっぽ向かれるって。
淳 なるほど、子供は見透かすと。
富野 そう。だからおまえ程度の人間は全知全能を懸けろと思って。
淳 子供が反応しないものを、大人が見て楽しいわけがないですしね。

ニュータイプ”の概念は願望から生まれた

淳 富野さんに聞きたかったのはが、ニュータイプという概念。
富野 あれは僕の願望です。まあ、SFっぽく見せるための設定ではあるんだけど、もうひとつはリアリズムの問題で。人間というものは、戦争を否定できる、つまりワンランク上まで行けるんじゃないか? と。ララァもシャアもアムロも含めて「ニュータイプってよく分かんないよね」というまま、ファーストガンダムは終わってしまった。でも我々もニュータイプに成りうるかもしれない、という話のほうが、一般化する物語になるだろうと考えたんです。
淳 なるほど!
富野 我々は今の常識にとらわれがちです。でもニュータイプは、そんなものを壊して新しい何かを考えられる天才的な能力を持つ人間だと思うんです。例えば人口問題。少子化で人口が減っていくと、経済界のトップは不安で仕方なくなる。今までのように大量生産・大量消費ができなくなるって、大騒ぎですよ。でもそんな経済論が出てきたのも、ここ30年くらいでしょ?
淳 常識にとらわれてる、オールドタイプってことですね。
富野 うん。たかだか150年前の江戸時代なんか、人口3千万人ですよ。それで自給自足できてた。今の日本は、自給率30%ですよ。それなのに大量消費を煽ってさ。日本の政治家のトップは、地球のエネルギーが無限にあると思ってるんじゃない? そのバカを突破できないんですよ、今の我々は!
淳 それこそ、スペースコロニー計画って時代が訪れる?
富野 ありえません! 絶対に! ガンダムを作る際に相当調べましたけど、あれはSFの世界。でもね、僕は宇宙エレベーターについて賛成派に回ったんです。
淳 宇宙エレベーター!?
富野 地球から静止衛星軌道まで、エレベーターで上がっちゃおうという計画です。
淳 え〜っ、そんなのあるんだ!
富野 昔は「何を荒唐無稽な」って思ってました。でも今年から賛成派に回ったんです。何故かというと、僕はロケットに憧れていたからこそ、ガンダムが作れたんです。だから種が要るんですよ。ハナっから「宇宙エレベーターなんてバカだ」って種を潰しちゃうと、次の発想が生まれてこないんです。さっき言った「架空でものを考えられるのが天才」だとしたら、我々凡人は、宇宙エレベーター支持派に回らないとニュータイプになれないんですよ。
淳 すごい発言が出ましたよ!

ニュータイプにならないと地球は救えない!

富野 ニュータイプになるために一番重要なのは、今の資本主義の経済論では、地球はあと千年持たないというのを知ることです。人類には、あと10万年は生き延びてほしいんです。でも今のままじゃ千年持たない。でもニュータイプが救世主になってくれるかもしれない。そういう方法を編み出す子供たちを育てるために、宇宙エレベーターの可能性に賭けてくれ! と言うんです。
淳 すごく分かります。人間というものの可能性を、否定して終わらせたくないということですよね。
富野 うん。だから10年後のことを考えてる政治家が立派に見えてしまっている現状って、とてもアホですよ。
淳 政治問題とか、霞が関文字って言うんですか? あれも難しいですよね。何かを言ってるようで何も言ってないという。
富野 それはニュータイプの才能ではなく、オールドタイプの知恵なんですよ。だから意外と、いい独裁者が生まれたら、国はいい方向に行くのか? とも考えたことがあるんですよ。それは作品にも反映してて、ギレン・ザビに独裁的な発言をさせたりして。そういうセリフを本気で考えたんです。
淳 独裁者といえば、ヒトラーがすぐ思いつくんですけど……。
富野 彼ってね、祭り上げられた独裁者で、意外と実力がなかったらしいんですよ。演説の天才として伝わってるけど、あれも演説の先生がいて一生懸命練習したらしいの。だから努力の人なんです。
淳 すごい勉強なさってますね(笑)。
富野 だってニュータイプになりたいから(笑)。そのためには寝ててなれるもんじゃないから。
淳 そうか(笑)。
富野 今考えてるテーマってみんなが考えなくちゃいけないことだから。みんなでニュータイプにならないと地球は救えないんだよ。でも全然追いつかない! 英単語さえ覚えられない僕が、時代をつくった億単位の人間のことまで覚えられないよ! それが本当につらいの。
淳 でも1万年後の地球のことまで考えてるなんて、その根本には地球での愛があるから?
富野 愛してなんかないです! ただ、自分が不安になりたくないだけ。明日の仕事が入ってないフリーの立場って、すごく不安なんだよ。そんな夜でも「静かで地震もなくて」って思って眠れたら、少しは安心できるでしょ? だいたいこの空気だってまだ人口的に合成できないんだから。
淳 え、寝る前に「この酸素がなくなったら…」とか考えて不安になるんですか!?
富野 そんなの嫌じゃない。だって地球の表面って音速以上の速さで動いているんだよ? それでも速さを感じずに、ゆっくり眠れるのは、地球がこの大きさだから。
淳 宇宙船地球号に乗ってて、僕はまだそこまで不安は感じたことないです(笑)。
富野 1万年先まで、この地球が空気も雨も風も供給してくれているのか? それが一番大事なんですよ。
淳 他に不安はないんですか?
富野 窓のないトイレが苦手。外が見渡せないんんて、何か…地球にいる感じがしない。あと、ウォシュレットを迂闊に使ってしまったために、あれがないと気持ち悪いというのも、もう病気だね!

人に適正なんてない。ただやり続けることだけ

淳 アハハ! では、サラリーマンの方へ、メッセージがあれば。
富野 あるわけない! だって僕はサラリーマン経験がないし、分からないから。
淳 知らないから、言えないと。じゃあ、この連載のテーマである、富野さん流「世の中をちょっと面白くする方法」とは?
富野 今回の対談を受けるかどうか迷ったのが、実はそこなんですよ。だって生きていくことの面白さって、そんなにあるもんじゃないから。基本、つらいことの連続だって思ってます。だから今の世の中に溢れる「おもしろおかしく」って言い方、あの造語の軽さには、とてもじゃないけどつき合いきれない。よって僕は、この連載を容認できない!
淳 え〜っ! その割には、もうずい分と話して頂いてますが(笑)。
富野 僕、嘘がつけないんだよね。きれい事を言って済みゃあいいんだけど、後で気持ち悪くなっちゃうの、だから嘘を言わないで暮らしたいだけなんです。
淳 でも自分と正直に向き合ってるってことですから、すごくかっこいいことだと思いますよ。
富野 やっぱり、子供にバカにされたくないんですよ。子供の頃に「あの人はすごいな」って思えた大人は、みんな自分のところに下りてくるような物の言い方しなかったでしょ? だから嘘はつけないし、子供を喜ばせる作品を作りたいって命懸けで思ってるんです。
淳 “覚悟”を感じますね。
富野 若い人たちに言いたいのは、自分の適性に合った仕事をしてる人なんて、千人に一人もいませんよと。仕事は、生活するためのものだから楽しいわけがない、基本は。だいたい、文系、理系とか言われて、どこかに自分の適性があると思い込まされてるけど、あれは嘘だと思う。あれはシステムだから。だから、仕事に飲み込まれるのではなく、身を任せることです。
淳 と、言いますと?
富野 自分が仕事を利用して、何かになりたいとか目標をもつことその目標が成就したときの達成感というのは、本当に得られますから。取引先や後輩に「やっぱりすごいですね」って言われた瞬間、今までの刻苦なんてパーン! って吹っ飛びますよ。だから「仕事だから…」って言葉は、絶対に使っちゃダメ。
淳 後ろ向きな感じですよね。
富野 うん。「あれ? よく飽きずに365日やってられるな」っていうものを見つけられたら、それがあなたの仕事なんです。むしろ仕事をやることで、自分にはできなかったことが、できるようになってる。仕事は、あなたが今まで気がつかなかった能力を開花させてくれるもの。そう理解しなさい。
淳 仕事を通じて、今まで理解できなかった考え方も……。
富野 分かるようになる!
淳 富野さん自身、仕事から学んだものは…?
富野 たくさんありますよ。ガンダムという、単なるロボットアニメにしとけばよかったのに、ニュータイプという設定を持ち込んだが故に、哲学や倫理の勉強をせざるを得なかった。アムロという主人公や、周りの社会の組織を考えるために、それに付随したいろいろな勉強もした。だから、ガンダムがなかったら、僕はずい分とレベルの引くい生徒ですよ(笑)。
淳 そう考えると「仕事だから……」なんていうスタンスで臨んでいたら、何も学べないですね。
富野 自分が安心して寝られるっていう、そのメンタリティを手に入れるためには、やっぱり自分で種をまいた畑の上で寝るしかないんですよ。
淳 精いっぱいやった仕事が、ベッドになっていく。
富野 そう。そのときにトゲを置いておきたくないわけ。置きたくなかったら、やっぱり嘘はつかないこと。
淳 自分にも、相手にも。
富野 結局ね、自分が死ぬ瞬間に、後悔せずに死ねるか? ってことだと思いますよ。僕はこの歳だからかよく思うのは、死ぬときに不安なことがあったら怖いでしょ? それが嫌なだけなんです。
淳 そうならないためにも、全力で生きろ、ということですね。いや、でも監督のお話がこんなに面白いなんて、とても驚きました! これは、ファーストガンダムを見たとき以来の衝撃です(笑)!
富野 でも、僕はガンダムじゃないからね(笑)。
淳 いや、監督こそがガンダムですよ(笑)! 今日はありがとうございました!
富野 僕はしゃべりすぎて疲れちゃったよ(笑)。

テレ朝チャンネル放送予定

08/08(日) 17:30-18:00(再放送:8/9(月) 23:30-24:00)