アニメージュ 10年7月号 富野に訊け!! 第92回

QUESTION95「仕事が長続きしない姉にしてやれることは?」

神奈川県/オレンジ(26)
富野監督、私の姉(29歳、独身)のことで相談があります。
姉は大学卒業後、地元に戻って就職しました。彼女は大学で学んだことを生かせる専門職でバリバリ働きたいという夢があるようです。ところが、どの職場でも1年と続いたことがなく、退職と就職、つなぎのアルバイトを繰り返している状況です。辞める原因はほとんどが人間関係のトラブルで、パワハラやセクハラに遭ったなど、毎回最もらしい理由を語ってはいます。でもこうも続くと、本人にもまったく問題がないとは言えないと思います。姉もそのことを自覚していて、常に悩んでいる状況です。一度、精神科のクリニックにも行ったようなのですが、あまり良い対応をしてくれなかったらしく、もうこりごりだと言っています。
私自身は家を出て独り暮らしをしており、仕事も忙しいし友人も多いしで、毎日それなりに充実しています。でも、実家暮らしの姉は、私が都会で一人楽しそうにしているのが気に入らないようで、帰省の折に一緒に話していても、ときどき雰囲気が悪くなってしまいます。
もともと感受性が強く、精神的にへこみやすい姉ですが、何か私にしてあげられることはないものかと思います。どうかよろしくお願いいたします!

現状を乗り越えるように自己修練を重ねていけば――すべてはお姉さん自身にかかっている!

相談の文章からは細かいディティールは分かりませんが、お姉さんは自分にも問題があるということを自覚していらっしゃるようです。なら、他人の僕からはお姉さんに対して「うかつに死ぬな」という言い方しかできません。おそらく、これ以上のことを言ってしまえば、全部嘘になってしまうからです。
他人がお姉さんのような人をケアするなら、本人が本当に自立できるまでの環境や時間を提供するしかない、というのが僕の持論です。しかし、自分以外の第三者の生活と精神を365日充足させるなんて、できるものではありません。NPO的なボランティア精神レベルではカバーできませんし、ケアする側が底抜けの優しさとタフさを兼ね備えていなければ無理です。もちろん僕は意気地なしなので、それを実践することはできません。
お姉さんがこのような状況に陥っている要因のひとつに、それまでの教育に問題があったのだと思います。そもそもお姉さんは「パワハラやセクハラ」で会社を辞めたとのことですが、世間に一人の個人が出て行くのですから、男女の関係なくそういう事態に直面することは、まず前提条件としてあるものです。それを理由に仕事を辞めるというのは軟弱だ、という言い方もできますし、お姉さんがそういった言葉遣いをしてしまうというのは、世の中「清く正しく美しく」とはいかない、世間に出て行けば叩かれることやセクハラなんてしょっちゅうある――それでもなおあなたは汚れずに生き抜いていかなくてはいけない、ということを教えなければならない教育の現場が、皆同じように仲良く生きていけるという教育を施してしまった結果でしょう。そして、幼い頃から身に着けてしまった教育論を脱ぎ捨てるのは、なかなか容易ではありません。
だからこそ、僕たちは大人になってもやらなければならないことがあります――自己修練を積み重ねていくことです。僕自身、貧しいアニメ業界で仕出しの一演出家として老いさらばえていくのは、とても怖かった。自分が生き延びていくために、アニメそのものを底上げしていこうと本気で思っている時に、自分の分かる範囲内で、今までと同じロボット物だけを作っていても仕方ない。そういうふうに考えていった結果、「ガンダム」みたいなものを作って、おかげさまで人気が出たことから、なんとか今日までやってこられた、という自覚があります。
これはとても冷たい回答なのですが、結局この種の問題は、本人が動いていくしかないのです。この言い方をお姉さんが「ひどい」と思うならそれっきりですし、もしも「やっぱりそうか!」と思ってもらえたなら、それをきっかけにきっと頑張る気力が湧いてくるはずです。