ブレンパワードフィルムブック 制作者座談会

いま「ブレンパワード」を監督がつくった意味

――ブレンパワードを作っていく上で、どんな点で苦労しましたか?
安川 いちばん困ったのが、3話(「勇の戦い」)の作画作業に入ってるのにチャクラ・フラッシュがどうなるかわからないっていう(笑)。
富野 それまでは誰もわかんかったんです。本当に。だから僕自身も含めて結局「ガンダムぼけ」に陥ってたんだって。
河口 監督が一番重症の人ですよ。
富野 そう。15年間新作をやってなかったことが見事に表れた。チャクラ・フラッシュのフォルムひとつも、うかつに決められない。その切り口みたいなものがまるでわかんないんだよね。考えてみればサンライズの第1スタジオ自体、ずっと「ガンダム」をつくっているから、誰もほかに頭が回る人がいなくて。実際にフィルムを見て「なんだ、これでいいんだ!」って気づくまでに6、7話かかった。制作前に決めておかなくてはいけないことをおやりながら納得してた(笑)。
河口 富野さんにとっては、ガンダム教から脱退するためのリハビリ作品ですよね(笑)。なにしろ教祖ですから(笑)。
富野 いわゆる還俗する作業だったことは事実です。ひとつだけ偉そうなことを言わせてもらうと、この年齢で一度「ガンダム」以外の作品をやらなくてはいけない。やらないと僕は死ぬんだよね。「ガンダム」漬けの中で。全部が封印されてしまうだろうと感じていた。やってみたらこんなにもスタッフに迷惑をかけてしまって申し訳ない。と同時にいま、若い人たちが助けてくれてありがたいなと思っています。

脚本家の言い分と監督の言い分

――脚本の方にうかがいますが、ご自分が手がけた中で印象に残っている話数を教えてください。
高橋 書いていて面白かったのは15話の「一点突破」ですね。絵コンテで監督に全部つぶされちゃいましたけど。23話の「スイート・メモリーズ」は監督のプロットどおり書いたら、今度は「俺の分身みたいな脚本だ」って却下されて。しょうがないから全く違う話を書きました(笑)。この回はシナリオ前のプロットで3稿、シナリオで3稿まで行って計6稿、1か月半くらいはかかってるんですよ、実は。
河口 その前の20、21話(「ガバナーの野望」「幻視錯綜」)の脚本は隅沢さんが頑張りましたよね(笑)。1、2週間でポンポンとシナリオを上げて、1日で直しを上げて。
高橋 せっかく浮いたスケジュールを全部私が食ってしまって。すみません(笑)。
――淺川さんが印象深かったのは何話ですか?
淺川 一番最後に書いた22話「乾坤一擲」が好きで、16話「招かれざる客」は嫌いです(笑)。
面出 苦しんだから(笑)。
河口 ひどい打ち合わせだった、あれは。監督に突然「新キャラ出そう」って言われて(笑)。ナッキィはそこで生まれたっていう。
安川 生まれた理由も、土器手さんが「アムロにはカイやハヤトみたいなライバルがいるけど、ユウにはいない」って話をしたら、富野監督が「そうか」ってホントに出しちゃった(笑)。
河口 もとは淺川さんのつくった話があったのに、そこへ突然ナッキィが登場することになって。ナッキィの話になったんです。ひどいでしょう(笑)。
安川 登場するキャラクターの量が一年分なんだもん。あれだけキャラクターいたら1年かけて掘り下げられますよ。
高橋 だから隅沢さんはせっかく出てきてるんだからってカントとナッキィを21話でちゃんと活躍させる場面をつくったりしてて、苦労してるんだなぁ(笑)って。
富野 ん〜。そう考えるとホントにずっとリハビリしてたんだねぇ。
安川 しみじみ言わなくても(笑)。
河口 気が済みました(笑)?
富野 いやぁ、まだだなぁ。こうやって訳がわかんないとこでつくるっていうのはすごく面白いってわかったんで。予定調和でつくっていくのはやっぱりヤだなぁ。
河口 もうちょっと構成があって、それに自由度がプラスされてるのが良いんじゃないですか。
富野 それができるとね。
河口 次の課題ですよね。
富野 しかし富岡さんも偉いよね。こうまで素人集めて、よくやってるよね。
富岡 (声にならないような声で)ありがとうございます(笑)。でも、中盤から本当に面白いね。6話の「ダブル・リバイバル」以降、ドラマがはじまって。
富野 今になってみると3話の中頃から4、5話(「故郷の炎」「敵か味方か」)のもたつきってのは、なんだったんだろう、すごくくやしいねぇ。
高橋 ユウっていうキャラを描くには、あれだけ時間が要るんじゃないですか?
河口 4、5話が好きって人も多いし。
富岡 一本につき何か所かポイントがあるんだよね、富野さんの作品って。3回目ぐらいに見るのが面白かったりする(笑)。何回も見られますよね。

面出さんがひとりで書いたキャラクター、ネリー・キム

――面出さんが自分で最も印象に残っているのは何話なんですか?
面出 とりあえず8話の「寄港地で」は監督に衝撃を与えたようなので「いっかなー」と思ってるんですけど(笑)。
河口 本領発揮はネリーのときだな。
面出 そう、ネリーの話を前後編でやれた「カーテンの向こうで」「愛の淵」)のが面白かったですね。
河口 ネリーというキャラクターは面出さん以外の人は書いてないんですよね。
富野 だからあの話は、トミノ流に言うと、シナリオに全く触ってないもんね。それで気持ちが悪かったとか、こちらが我慢したってこともない。
河口 でも面出さん「17話でいいセリフ切られちゃった」って怒ってた(笑)。
富野 嘘でしょう?
面出 ネリーとユウが喋ってるところがまるまるなかったから「おおっ!? アクションばっかり」って。「私が書きたかったのはここだったのに、ガーン」と絵コンテ見ながら。
富野 これは言い訳になるんだろうけど、コンテの展開上で「この絵並びだったらこうでしょう」みたいな作為が入ることはあるな。それはコンテマンはコンテマンなりに考えたことがあるというのと、尺と枚数の関係もあって、チェックの段階でセリフ一辺倒では考えられなくて、セリフをつくっちゃうところがあるね。

反響が大きかった第9話「ジョナサンの刃」

富野 現場とは違う意見で面白かったのは「ジョナサンの刃」。見てて辛かった、あそこまで本当のことを言ってもらっちゃ困る、って。その意見はかなり冷静な人なんです。つまりアニメであそこまでやってもらうと辛い、っていう意味があると思うよね。
高橋 自分が働いている母親だったりしてね(笑)。「わかってるんだから、やらないでよ」って。
面出 だけどあれは救う話だから、あそこでやっとかないと、後になって救えないんだよね。
安川 あの時間、親が働いてて子供だけで観てたとなるとえらいことですよね。
河口 いつか殺してやろうと(笑)。
富野 だけどそう思ってくれていいんじゃないの? それが刷り込み意識にはならないと思っている。アニメの枠の中でそういうふうに思って、気になるからって次を観たら、今度はお母さんがいなくなっちゃう。で、気が晴れるっていうのは、僕はあると思う。

サブキャラに関する意外な事実!?

高橋 アノーアが消えてアイリーンが艦長になるってのは監督は最初から決めてたんでしょうか。
安川 名前がキャリアーだから……(笑)。
河口 違う。艦長がいなくなった後どうするって。「誰かまだ何もやってないのは〜」って(笑)。アイリーン、医者だけどいいのかって(笑)。
富野 だから劇中で「士官学校では優秀な生徒だった」って理論武装して(笑)。
高橋 キャリアもちにしたんですよね。
河口 ひどいよな〜(笑)。でも、監督も新キャラを出すより今いるキャラの中で、って抑制があったから。その後すぐ忘れて「だめだ、新キャラだ!」ってナッキィ出して。それでみんなは「ヤバい、病気が始まっちゃったぞ!」って(笑)。
面出 企画書よりキャラが増えてるんですよね。桑原さんとか。
高橋 それを言うならケイディ(笑)。
面出 名前つけた時点でレギュラーになるから「わぁ、しまった」って。
――ケイディは4話に出てきたときに死んだかと思いましたが。
富野 みんなそう思いました(笑)。
――まだエッガひとりしか死んでないじゃないですか。
安川 ネリーの話を見ると、実は死んでないんじゃないかと思うんですけど(笑)。
河口 プレートを透かすと中に見えるってのは……(笑)。
富野 それもいいかもしれない。
河口 それで「どうやったら出られるのかな?」って(笑)。
高橋 改心したら出てくるとか(笑)?
富野 それ、最終回に入れよ(笑)。
高橋 面出さんなら何でもやってくれると思ってませんか。
河口 安川が言ってたんですけど、オルファンの中には江戸時代から入ってた人がいて……。
富野 (爆笑)
河口 「オルファン江戸村」とか「ウェスタン村」ができてるっていう(笑)。
安川 お侍が乗ってるんですよ、ブレンパワードに。妙な音がガサガサッとするんで見てみたら、畑があってお百姓さんが鍬持って耕してたりして。
河口 ナッキィとか、そういうキャラでも良かったかもしれない。
富野 ねぇ、それ惜しかったよ。今言うなよー(笑)。じゃあ、パート2はそこから入ろう(笑)。そういうところから行きたいなぁ、ネクストは。
――みなさん、いつもこんな感じですか?
富野 まったくそうです。
河口 ひどいもんですよ(笑)。
富野 だけど、かなり本気なんですね、こちらは。やっぱり、その方が面白いと思ってますからねぇ。

オリジナル作品の難しさと面白さ

――やはり最初は手探り状態だったと思いますが……。
河口 いや、むしろ後半が手探り状態でした(笑)。説明不足かなという気はしますけど……。話がポンポン飛んでっちゃったりとか。でも、それは意図してやってることですけどね。
面出 後半はキャラクターが固まったから書きやすかったんじゃないですか。
高橋 カナンとか、最初は設定しかないからわからないんですもの。
面出 カナンとかラッセとか、結構私、勝手に作っちゃった(笑)。
――キャラクターの性格は途中で変わってきたりしてますよね。
河口 みんなバカになってる(笑)。
面出 コモドとナンガがくっつくのは最初はなかったんですよね。
高橋 あれは第7話(「拒絶反応」)をつくってからですよね。
淺川 富野さんが言ったんですよ。
高橋 あの回のナンガは怪我して泳いでるんですよね不思議だな〜(笑)。
安川 後で松葉杖もついてたけど、足悪そうにも見えないし、どこ怪我してるんだろうな(笑)。
河口 最初からカップルになるって決まってたのは比瑪とユウだけでしたよね。
面出 ナンガとカナンとラッセは三角関係だったんです、企画書では。でもナンガはコモドとくっついちゃったから。
淺川 落ち着いてしまった(笑)。コモドはもっと色々やるはずだったのに。
河口 あんたら相手見つけたらそれでいいんかい(笑)。戦いの場はお見合いか、コンパか、って(笑)。
――キャラクターを書くときは、感情移入したりするのですか?
高橋 私は意外と感情移入しないですね。この人はこういうこと言う“らしい”とか、こういう動きをする“らしい”とか、“らしい”で書いて、私がその中に入って行くっていうのはほとんどなかったです。それはやらない方が良いと思ったんで。
河口 面出さんは感情移入するでしょう。
面出 私はセリフを書いてるとそのキャラクターになってるんですよ、頭の中身が。だから気がつくと「このセリフはヤバいだろう」とか「ここまで言っちゃいけないだろう」って思い止まったりするんです。言いすぎちゃダメかなって。
高橋 でも、そこを寸止めにすると、監督が全部入れるんですよね(笑)。
面出 「せっかく寸止めにしたのに全部入ってる〜」って、画面見ながら(笑)。
――面出さんが一番入り込んだキャラは?
面出 主役のユウは別格で、絶対的に中心にして書いてましたね。でないと周りのキャラクターに食われちゃうんで、そこは気をつけてました(笑)。あと、クインシィですね。最初は怒ってばっかりというのがすごく気になってて。だから「姉と弟」(第11話)のときに笑った顔を入れて、あれでキャラができたんです。それまでは、この人は何を考えているんだろうって感じだった。そうやってクインシィのキャラをつくったから、最後はああなったんです。そうでなかったら、多分、あのままオルファンと行っちゃったでしょうね。普通のロボットものだったら憎しみ合って、殺し合うっていう。でも、それだけはやめよう、救いがなくなるから、って。ほとんど全員救われる話にしよう、と。
――淺川さんはどうですか。
淺川 感情移入しやすいのは子供ですね。私自身、「ブレン」の世界観がわかりづらかったんで、世の中をまだ知らないチビッコのセリフが一番書きやすいんですよ。「あれ何?」とか(笑)。私がセリフを書くと短かったり、ひらがなが多かったりして、頭悪そうなセリフが多い(笑)。
――人気のあるキャラは誰でしょう?
河口 カナンが人気あるって聞きましたけど。一番まともそうだから(笑)。ジョナサンはよく育ってくれたって感じですよね。
面出 最初の頃はどうしようって言ってたんですよ。ライバルって負けるのが運命だから、ずーっと負け続けてて(笑)。でも第14話(「魂は孤独?」)で勝ち誇ってた(笑)。
河口 戦いで勝ったんじゃなくて口で勝った奴(笑)。卑怯な手段で買ってるんだよね、あいつ(笑)。
面出 あれは自分でもすごいと思った。ジョナサンはユウのちゃんとしたライバルになったんです。あの辺はユウとジョナサンが表裏一体だから、ユウが落ち込むとジョナサンが高飛車になって、ジョナサンが落ち込むとその逆、っていうシーソーになってちょうど良かった。オルファンの中で権力握るってのはライバルとして普通じゃないですか。それが動機が母親のことだったっていうのが、すごいな、と思った(笑)。こんなキャラ初めて、って。
河口 案外ちっちゃい奴だった(笑)。
面出 でもみんなそうなんですよね、今回は。全員、戦争とか軍隊のような大儀名分じゃなくて個人的な理由で戦ってたから、わかりやすかった。
――最終的に、人もほとんど死にませんでしたしね。
面出 最終回のプロットを立てながら、誰か忘れてないかなーと思ったら、「いかん! ナッキィ忘れてる」って(笑)。キャラが死なないってことは減らないってことだから。勝手に増えてく(笑)。
河口 いっそのこと二番艦つくって、二軍はそっちに移せば良かったのかも(笑)。レイト艦長のところとかに。
高橋 そう言えば、私は沈んでる(目立たない)キャラを書くのが楽しかったですね。そういうのを浮かすのが(笑)。他のことは他の方がやってくれるので、私は沈んでるキャラ担当だ、と。ヒギンズとかシラーとか、レイトとか(笑)。
――富野監督と仕事された感想は?
高橋 懐が深くなってるのかな、と。我々がぶつかったとき、昔だったら弾き飛ばされてると思うんですけど、「しょうがねぇなぁ」って受けてくれる(笑)。
面出 怒鳴られてないもんね。先輩ライターに散々脅かされたんですけどね。「勝手なことしやがって」とは言いますけど(笑)。
河口 富野さんのストレスを一身に富岡さんが受けてくれたから(笑)。
――富岡さんはいかがでしたか。
富岡 すごい苦戦しましたよ。僕、大変なのばっかりやってるんですけど(笑)。オリジナルをつくるのも大変ですね……。

  • 富野監督が一番好きなキャラクターは比瑪。「あの声が戯作者とか演出家として面白いっていうのがある」
  • ユウが働いていた店が「すいとん屋」というのは、富野監督も気に入っていたそうだ。
  • 面出「カントはブレンに乗ったり、オルファンには行かないと言っちゃうところが面白いキャラでしたね」
  • ネリーの登場した17、18話は雪の降る森が舞台。位置関係などの細かい部分はうやむやにできたのは美術スタッフにはありがたかったらしい。
  • 凍った湖の上でスケートをするネリー・ブレンというのは富野監督から出されたアイデアだ。
  • ネリー・ブレンやバロンズゥにコンパネ・シートがないのは、話の途中で必要がないことに気づいたからだそうだ。

(1998年8月3日収録)

abemaTV放送記念ということで。BD発売時には、これの完全版(あるのか?)を収録してほしい。
日付から分かる様に、この対談は最終回放送前。タイミング的には、脚本最終話脱稿後、コンテ作業前といったところか(最終回に入れよう、くだりがあるので)? 隅沢氏以外の脚本陣が揃っている富野作品インタビューは珍しい。